このあいだの阪神戦で菅野投手が乱調だった。先のヤクルト戦でも似たような乱調で、5勝こそあげているものの各種指標はよくない。巨人ファンではないものの圧巻の投球などをみせられたときには尊敬と賞賛の念しかないわけで、やはり気になるものだ。

野球まとめなどを読んでいると、単なる春先の不調、増量が裏目、投げすぎなどとさまざまな意見が飛び交っているが、まぁ投げすぎなんじゃなかろうか。打たれたときの投球動画をみると、素人目にもフォームが崩れていることが察せられる。復調してほしいな。

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note、多くの書き手が集まって賑わって、みんなが楽しめる、役に立つ情報があつまる、などなどイイことづくめな気がする一方で、手軽な集客・集金装置みたいなイメージがすでにちらつき始めているのが気になっている。

さらに難しいのが、それ(集客力、集金力)がコンテンツの質に関わらないというか、それを精査する困難があり、発信者が人気者であれば仕方ないという側面もあるのだけれど、こうもプラットフォームの陳腐化(と言ってしまっていいか)が進むのが速いのもな、という気分だ。

とはいえ、[おすすめ][マガジン][ピックアップ][注目カテゴリ]などのメニューも使ったことないし、そもそもそこまでハマってないので、私なりの偏見は強いのだろうな。

cakes も全然みなくなった。

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《名探偵ピカチュウ》を観てきた。レイトショーだったが、割と混んでいた。盛況ではないか。オイディプス王ではないが、こういう構成には弱い。《LEGO ムービー》を思い出す。

いやー、おもしろい。おもしろいが、説明しづらい。

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タスク管理ツールがどうこうという記事を読んでいた。紹介されていたのが、OmniFocus 3 と Things 3 だけだったので、なんだい Mac ユーザー向けの記事かいという話に終わるのだが、この2つは老舗であることだ。

Remember The Milk、Toodledo なども懐かしい。前者はデザインを刷新して久しいが、後者はいまだに古めかさを残している。それがいいということだと思う。

iPhone、Android などと連動して動くタスク管理アプリは数えきれないくらいあり、カレンダーやリマインダーなどに主機能が寄ったタイプまで合わせたらキリがない。

わたしはなんだかんだで Todoist に戻る。登場してからすぐ使いはじめた。一時期はプレミアムアカウントで使っていたが、いまは無料アカウントに戻している。いつからだろうかと少し調べたら、おそらく2012年のことのようだ。Wikipedia Todoist の記事がわりとおもしろい。HTML 5 の技術ベースで実現されたアプリらしい。へぇ。

手帳などを持ち歩き、開く習慣が身につけばノート単位での管理でもよさそうだが、この習慣づけが割と難しいように思う。

そういえば、TaskChute という管理ツールもある。時間を細かく記録するタイプだ。時間計測系の海外製のサービスでは Toggl が有名だと思うが、Toggl と Todoist を組み合わせるとちょうどいい感じになる。

iPhone ユーザーなら リマインダーアプリ、Android ユーザーなら Google Keep で用が足りるといえばそうだろうが、仕事とプライベート、別個に立ち上がるタスクとルーチン作業など、さまざまな要素が組み合わさると、やはり管理ツールにまとめたいなというのが今日時点での考えになっている。

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日曜日、テアトルで《愛がなんだ》を観てきた。角田光代さんの原作は読んだことがないが、作品説明には「全力疾走片思い小説」とある。まぁ、嘘ではなかろ。

報われないことに共感して感動することってあるだろうか。この作品の投げかけるものがよくわからない。まとまった感想、いつか書くだろうか。

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体育館のような広さの小洒落た会場で、小学校から大学まで同窓生だった友人が社内結婚をすることを発表した。しばらく会っていなかったが、これはとてもめでたいことだったので浮かれた私は、会場中で踊り狂っていたが、妙な事実に気がつく。この友人はすでに結婚しているはずだったのだ。奥さんと子供がいるのである。何がめでたいのかサッパリわからない。だが、結婚自体はめでたい。モヤモヤする。

というところで目が覚めた。

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フィクションとしての文字列を楽しむことがほとんどなくなったまま生活している。おそらく最後に楽しんだのは『天冥の標X 青葉よ、豊かなれ PART1』で、残り2冊で完結というところで踏みとどまっている。完結を楽しむ気がない人間である。というのは、置いておいても、フィクションの文字を読む気が起きない。読めば楽しめることはわかっている。

これは優先順位の問題なのか、なんかのか。

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全3部作の最終作で、前2部が本編TVシリーズの再編版となり、本作はその後の物語となっている、ということでいいと思う。

前2部は見ておらず、本作だけ観た。本編TVシリーズのラストで亡くなったはずの主人公が実は生きていた。という経緯はアニメ雑誌に掲載されたビジュアルで何年も前からみんな知っていた。というわけで、こういった形の続編はタイミングの問題だけだったと思われるが、平成最後の年に制作・公開されるということになった。

全体的な構成としては、本編TVシリーズ冒頭での主人公ルルーシュとパートナーCCの契約にどう決着をつけるかというところに焦点があった。今回は登場人物にフォーカスして感想を残したい。

(さらに…)

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2019年の3月、インターネットが30周年を迎えた。これは非常にめでたいことだが、同時にいろいろな問題もあるということらしく、いくつかの記事を読み漁っていたような気がする。個人のウェブサイトやブログでこれを扱った記事はあまりなかったようにも思う。現実(リアル)とネットは違うという垣根づくりも今は昔のことに思えるくらいインターネットは当たり前になった。いろんなプラットフォームがあって、無益有益にかかわらず、さまざまな人たちが活動している。

どう向き合ったものだろうか。

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《ファースト・マン》を観た。デミアン・チャゼル監督とライアン・ゴズリングのタッグということで《ラ・ラ・ランド》に続く作品か。

宇宙開発モノの作品というのは、SFを含めて途切れずに制作されるものだなぁ。NASAを取り扱った作品としては《ドリーム》(Hidden Figures)が話題になってたね。

不安のクローズ・アップ

デミアン・チャゼル、こんなにクローズ・アップが多かったのか。

《ラ・ラ・ランド》ではそこまで印象にない。今作では辟易とするくらい多い。役者に対してカメラが非常に近いか、クローズ・アップか、ほぼどっちかという感じで圧迫感がすごい。ニールの個人的な物語、葛藤、ストレスということだろうか、視聴している側にもかなりストレスになる。顔にせよ、全身にせよ、きれいに画面に収まることのほうが少なく、不安がちらつく。

逆に、風景の画面を含め、ロング・ショットなどはほとんどない。

オハイオ州時代の自宅、ヒューストンの NASA 本部、深夜での同僚との別れ、ロケット発射台、飛翔シーン、航行シーン、月面。主にはこれくらいしかなくて、どれも1カットとかばかりなので、逆に印象に残ってしまっている。風景なんかは、幕間のイメージなんだろう。飛翔シーンなんかは、ちょっと場違い感すらある情景であっけにとられた。美しかったけれどもね。

キャストはあまり覚えていない

キャスト、印象に残っているのは、2人だけかな。あとは、一緒に月面に着陸したオルドリンと、亡くなった同僚であるガスくらいか。

阿修羅・ニール

ニール・アームストロング。 俳優はライアン・ゴズリング。作中で3回くらい年代が飛ぶのでメイクが変わる。同一人物だと一瞬、ちょっと分からない感じだった。真ん中のときが普段のライアン・ゴズリング感があり、最後は渋めになる。

娘を失った喪失感をどうにか清算したい、一方で宇宙開発の過程で亡くなっていった同僚パイロットたちに報いたい、本作のニールのモチベーションはこの両輪で走っており、これは言うまでもなく死がモチーフになっている。自然と命にあふれるオハイオ州で亡くなった娘、地球から離れた月という不毛の地に降り立つニール。この両極端な情景が映画の冒頭と結末を飾っている。分かりやすい。

ライアン・ゴズリングって何がいいんだろうな。なにか安心させられるところがあるんだけど、どこから来ているのだろうね。

安定を求めた結果がこれだよ

ニールの奥さん、ジャネット・アームストロング。 俳優は クレア・フォイ。美しい。そばかすだらけの二の腕が美しすぎて、前半はそれだけで楽しい。同じことを他の映画でも思ったなと思ったら《ミレニアム 蜘蛛の巣を払う女》でも彼女の二の腕が美しかったのだ。まさか同一人物とは思うまい。私は彼女の二の腕のファンだ。

娘の死はニールの個人的な苦悩として描かれており、家族とは共有されていない、という演出となっている。これは、家族との隔たりを明確にする意図によるものだろうし、それだけクレア・フォイの演技は難しくなると思われる。彼女はあくまで現在進行形の生活を象徴するので明るい側面を担う。だからこそ、ニールが死に最接近するラストで、ニールとジャネットはやっとのことで交流し、そしてエンディングでは、生と死を渡ったニールの帰る場所になるのだが(ベタだねぇ)。

関連作品

鑑賞中に思い出した作品など。

《メッセージ》

娘の死というモチーフが類似していて宇宙関連モノということで鑑賞中に何度も頭をよぎった。子を失う親の物語というのは、いくらでもあるものだが、それだけ人生の一大事なんだろうね。いや、ていうか、ここのところその手の作品ばかりな気がしてきた。

《ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書》

アポロ11号の月面着陸が1969年、《ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書》(2017)で描かれた事件が1971年なので、同時代のアメリカ合衆国での象徴的な事件だという点はおもしろい。なお、どちらもスピルバーグが携わっている作品である。

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