割り切れないことだらけ|『引き裂かれたカーテン』《Torn Curtain》

『引き裂かれたカーテン』《Torn Curtain》を観た。1966 年の作品だ。船旅のシーンから始まる。カップルが客室でいちゃついている。ロマンスシーンは時代を経るごとにさらに露骨になっている。2人は本作の主人公カップルである。

船はコペンハーゲンに到着し、よくわからないままに主人公:アームストロング博士は東ドイツに亡命することになる。よくわからない。よくわからないままに助手兼フィアンセ:サラは彼を尾行して付いていく。よくわからない。本当によくわからない。

サラの行動もなかなか迷惑だが、言うまでもなくアームストロングの行動がよくわからない。なんで、こんな杜撰なムーブでサラを巻き込んだのか。仮にもフィアンセやろ。男が単なる亡命目的ではなく、なんらかの使命を背負って東ドイツに潜り込んだことは、鑑賞者であれば誰だってわかるが、それにしたってお粗末じゃないか。

農場での格闘

東ドイツへの到着翌日、エージェントと町はずれの農場で会って会話する。会話の内容に意味があるとも思えず、ただの挨拶のためだけに尾行を巻くような危険な行為をするのかね。そこが敢えてオミットされているにしても、やっぱりよくわからないな。

さて、案の定と言っていいのか尾行を巻くことには失敗しており、監視者:グロメクが彼に追いついた。

展開の次第で、農場付きの家屋でグロメクを殺める結果に至る。この格闘シーンが 1 番面白かった。エージェントの協力者である女性もおり、なんなら最初に手を出したのは彼女であった。2 対 1 でグロメクを無力化しようと死闘を繰り広げるが、この攻防が手に汗握る。最後はガスオーブンを活用して息の根を止めるのだが、緊迫感があった。

この事態の終結に当たって、女性がアームストロングに血塗れの手を洗うように促すシーンが好きだ。共犯関係のなかに、ちょっとしたエロチズムがある。

脱出劇

なんやかんやとミッションを進め、東ドイツから脱出しようという段になるが、この辺は個人的にはさほど面白みを感じなかった。序盤から付き添っていたカールが大した役割も果たさずにフェードアウトしていったのも気になった。

反体制組織とのバス移動のシーン、なんというか手弁当な感じのサスペンスだが、流石に上手い。臨時便を偽装して走行する逃走用のバスに対し、背後から本来のバス便が迫っているので緊張感が生まれるという仕組みだ。「本当にそれって緊張するの?」って書いていて自分でも思うが、そこはうまく演出されていて、そこそこの緊張感がある。

バスと別れ、謎のスウェーデン人のマダムに遭遇し、郵便局で一悶着あって、という流れもよくわからない。このマダムを登場させることの意味が、おそらく当時にはあったのだろうけれど、十分に解読できず残念である。それにしても、この一連のシーンも郵便局であえて目立つ動きをする必要がないんだよな。決死の逃避行としては温い。

クライマックスに至るシーン、劇場にて観劇しながら逃亡の時間を待っている。そこにふと奇妙なカットが現れた-ここはとてもヒッチコックらしい仕掛けだった。だが、これも序盤での妙なシーンの理由が判明したくらいで、特にこれといって意外性もなかった。

その後、主人公が「火事だ」と英語で叫んで観客たちが動揺し、騒動になるシーンも如何にもな演出だが、本作では、さまざまなシーンで言葉が通じないことが生かされてきたので、逆に違和感を感じた。流石にそれくらいの英語なら皆わかると前提されるのだろうか。設定の粗のように感じてしまった。

まとめ

ダラダラと書いたが、重ねて述べておくと、農場でのシーンが1番面白かった。あの農場の家屋と女性、『三十九夜』で主人公が逃亡中に匿われた若い嫁のことを連想させられた。そういう意味では本作でも、ヒロインよりも道中でちょっとだけ手助けしてくれる女性キャラクターの方が強烈な印象を残してくれた。

なお、本作と次作『トパーズ』(1969)は冷戦構造が物語の主軸に横たわっている。タイトルの「カーテン」もそのことを意味しているハズだ。