2023年の年始に《護られなかった者たちへ》を観た。

単に配信のスタートが理由か、東日本大震災の関連映画としてか、あるいは両方か、よくわからぬがリコメンドされたので見た。刑事役の阿部寛に飢えていたというのも本音だ。2021年の映画だが予定では2020年の公開だったようで、この辺は《天間荘の三姉妹》と似たような事情と思うが、あちらと同じく、時代設計も現代に沿うように原作から後ろにずらされているようだ。311関連作品も大変だ、というくらいには距離をとって見れるようになってきた。

ミステリー調で進むので半ばミステリー作品でも間違いないのだろうが、震災と絡めつつも生活保護の実態に迫るような問題提起が為されるので、タイトル通り、社会派のも部分もあり、まとまりがないとは言わないが何の作品だったのかピンとこない面もある。これも原作を読むとまた印象が変わるんだろうナァとは思いつつ原作者の Wikipedia を読んでみると、こういう作風らしいこともわかる。

クレジット上の主人公:利根泰久(佐藤健)と舞台回しとしての主人公:笘篠誠一郎(阿部寛)は、両者ともに生きることに疲弊している感が強く、その様子を体現したかのような眼の演技力はよかった。ひくつく左目の下瞼が印象強い。遠島けい(倍賞美津子)の発する強烈な包容力も魅力的であった。倍賞姉妹、凄いんだなとあらためて感服する。円山幹子を演じる石井心咲(過去編の子役)から清原果耶(ほぼ現在から現在編)への接続もよかった。

物語、残忍な殺人事件が起きているよというトピックが提示されつつ、震災を被った彼らの過去や現代での苦労なんかも手厚く語られる。これが人情噺っぽさを強めている面もあって、上記に絡めて本作がどういう作品なのか、ますます謎めかせる結果になっている。別に悪いこっちゃないし、2時間程度でこの内容を違和感小さく映像に纏めるのは寧ろよくやってるって話ではある。

ミステリー的な部分、これ消去法で犯人がわかってしまうのは原作由来なのか、多少は簡略化されたであろう映像作品としての本作のマイナスポイントなのかは判断できないが、とはいえ、事件のキッカケとなる象徴的なシーンにおける眼の演技がこれもよくて、色々とこだわりが生かされたなというのは感じる。

事件の被害者となる2名、三雲忠勝と城之内猛をそれぞれ演じる永山瑛太と緒形直人もまた絶妙でね。瑛太のあの小癪な人間像の演じ方、職人の粋だよね。地道ながらもしょっぱさが滲む中間管理職然とした雰囲気を纏った緒形直人も最高や。

で、社会派作品としての部分について、どう考えたらいいのか。

直近だと、大学生(および当人の属する世帯?)が生活保護を受けられないという問題がメディアを通じてクローズアップされていた。

同じメディアだが、下記のような記事も直近で目に留まった。

国はこの年、生活保護費のうち、食費や光熱費など日常の生活費にあたる「生活扶助」の基準額を引き下げることを決めた。5年に一度の定期的な見直しに伴い、「08年以降の物価の下落が反映されていない」として15年まで断続的に引き下げた。減額幅は、最大で10%となった。

「最低限度の生活の具体化の観点からみて、判断過程や手続きに過誤・欠落がある」として減額決定を取り消した。全国29地裁で起こされた一連の訴訟で、減額決定を取り消す判決は初めてだった。

で、また直近の記事だが、大阪高裁に及んだ訴訟は地裁の判決を退けたらしい。

そのうえで、リーマン・ショックで国民の生活水準が急速に悪化した08年以降、基準額は据え置かれたことで生活保護世帯の可処分所得は一般世帯と比べて実質的に増えており、引き下げはその不均衡を是正するためだと認定した。

https://mainichi.jp/articles/20230415/ddn/041/040/005000c

記事中では専門家がリーマン・ショックだけを焦点にしてるのは問題では、という旨を説明しているが、まったくその通りに思える。というか2015年までの減額措置についての訴訟が2022年の現行でグダグダ続いている時点で、これ行政か裁判の不手際レベルなのではという視点もあるわけで。

と、一筋縄ざっくり解決というわけにもいかないわけだが、個々の具体的な事例については最適な対処方法を見つけられるケースは少なくないとは思いたい。問題は、この問題にコミットする社会的なリソースが足りてない、関心が共有されていないというあたりなんだろうか、総論的に過ぎるけど。

あるいはもっと直接的なアプローチとしては、生活困窮者を支援するNPOなどに参加なり寄付なりするなどか。調べてみようかな。

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