ヒッチコックの『汚名』《Notorious》の感想となる。元ナチスのスパイであった父、その娘であったアリシアは FBI に協力するために南米はブラジルに移動して、現地の元ナチス達と交流し、あまつさえターゲットの妻となるに至った。

本当は彼女は、FBI のエージェントと恋をしている、というのがロマンス部分のミソで、サスペンス要素は彼女のスパイ活動にある。ヒッチコック流のマクガフィンということで言えば、秘密を握るは謎のワインボトル、そこに仕込まれていたウラン鉱石、その出所は何処か、というのがポイントか。

だが個人的には本作は、ロマンス要素のほうが大きい。2 人の恋はどう見ても明らかだが、ターゲットを騙すという職務上の目的のうえでエージェントの男は本心を明かさない。そのうえでアリシアは彼のために、あるいはアメリカ国民の義務として、スパイ活動に従事する。自分の気持ちも都度、彼に伝えているが男は応えない。そんな男に惚れる必要ある?

一方で、ターゲットはアリシアに惚れ込んでいて、出会って 5 秒(誇張表現です)で結婚を申し込む。アリシアはスパイの任務として、それを受け入れるのである。そんなヒロイン居る!? 居るよなぁ。まぁ、本場のスパイ活動でもこれくらいのことはするんだろうけど、なかなかダイナミックな展開だ。

ついては、これも個人的な見解ではあるが、ヒロインに惚れ込んだターゲットが不憫でならず、展開を見守るのが心苦しかった。ではあるが、彼女がスパイであることが露見すると、ママに頼って方針転換するあたりはサッパリしすぎていて、笑っちゃうくらいだけどね。愛する女のために何をどうするってことは、自分たちの立場を守る以上には、この男にはない。

映像的には、最後にエージェントの男が彼女を救出するシーンがよく出来ているというくらいだろうか。ターゲットの男の情けなさとエージェントの男の最後に見せた誠実さが対比され、階段を下りてくる彼らを階下の広間で怪しく見守る元ナチスの悪党たちの立ち振る舞いが、いかにも恐ろしげであった。この作品はこのシーンのためにあるといてもいいくらいでは。

南米にナチスの残党が、という話は知っていたが、戦後直後からこういう題材になるのだなというのが 1 点と、アメリカ合衆国、あるいは欧州人にとって南米って、良くも悪くもこういう避難地であることが、この時代から変わらないのだなというのが 1 点、それぞれ勉強になった。

まぁしかし、日本からも 19 世紀から 20 世紀にかけてブラジルに移民が少なからず渡ってもいるし、文字通りの新天地でもあったわけだ。モノクロなので感得しづらいが、屋外の南米の陽気な様子、室内の陰気な様子みたいな対比もあったのかな、などとも思われた。

あとは、ヒロインの人間像に酒浸りという属性が付与されており、これも気になる。次々回の監督作である『山羊座のもとに』のヒロインもそういった設定があった(細部は異なるが)ので、これも何かしら時世に合わせたところがあるのだろうか。

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