彼の人の、行動原理がわからない|『救命艇』《Lifeboat》

ヒッチコックを見るシリーズです。今回は『救命艇』《Lifeboat》を観た。戦中の作品ということでプロパガンダ映画、ということでいいのだと思うが、定義がよくわからないので、なんとも言えない。

脚本の原作としてスタインベックの作品があるらしいのだが、軽くググった程度では作品名が出てこない。なので、どれくらいベースになっていると言えるのかもわからない。

物語としては、アメリカ合衆国とイギリスを行き来する民間船が、Uボートに沈められた。沈まずにすんだ救命ボートには、身分や立場も様々な人間達と、Uボートの乗組員であるドイツ人が乗り込んだ。彼は個人として信用に足る人物なのか、というような疑念がストーリーの半分くらいを駆動させている。もう半分は、漂流そのもののスリリングさだろうか。

ボート上では無情にも落命する人が出たり、小さなロマンスが生まれたり、疑念と焦燥が相互に諍いを起こしたりと、内容は盛り沢山なのだが、いかんせん、漂流している船上での話なので景色が代り映えしない。嵐の描写などはおもしろくはあるのだが、本作の飽きポイントはここが大きいかな。

オチもそこまで面白みもないように思うが、一旦でもドイツ人を信じしまった時点で、ボートは支配されていたという状況は、穿って言えば、状況が許してしまえば割と簡単にいわば民主的、いわば多数決的な決定能力を人々は失って、独裁あるいはそこから始まる非支配的な心理状況、思考能力の低下に陥るのではないかという示唆ではあったか。

だが逆に、1 人のケガ人をあえて死に追いやったことは弁護しづらいものの、冷酷とはいえドイツ人の判断が、同乗した乗員を救おうとしていた点に嘘はないかもしれない、という考え方もできる。実際にドイツ側の補給艦を目指したほうが生存確率が上がるというのであればなおさらだ。

そしてその判断をできるものが他に誰 1 人としていないという状況だったのだから…。こうなると、ドイツ人を追い落とした集団の狂気とも解釈できなくはない気もする。この考え方に気がつくと、なんだか本作は不気味に感じた。