近視眼的な話であるような気がする|『断崖』《Suspicion》

久々にヒッチコックを鑑賞した。今回、鑑賞したのは『断崖』《Suspicion》(1941)である。3 連休にまとめて数本見たので、しばらくヒッチコックの感想マラソンが続く。

思い切りよく結婚した相手が、無一文のお調子者であった。資金繰りに困ったうえに怪しい動きを取る夫への疑惑は深まる一方で、結末はどうなる? という話だ。原題は “Suspicion” ということで「疑い」などの類だが、これは「断崖」として割と面白い邦題ではないかな。

夫への疑惑はどのように解決されるのかという点のみが焦点だが、なんというかオチはごくパーソナルというか夫婦愛だぞ! みたいな着地点だったので、この尺が必要だったのかしらとなった。

面白くなかったわけではない。夫が自分を殺そうとしているのではないかと疑わしいシーンにおける夫の挙動の怪しさ、その撮り方はやはり魅力的ではあった。しかし、それくらいかな。

そもそも夫は、本当にクズ男で、これはそれだけ愛情の深さを逆説的に表現していると受け取る以外は難しいが、それくらいダメ男なので、当時の人たちに共感されたかも訝しい。しかし、映画で描かれるダメ男というのはひとつのモデルなのだものな。

クズ男を演じるのはケーリー・グラントで、本作以後にもヒッチコック作品では『汚名』『泥棒成金』『北北西に進路を取れ』でも主演なのかな。最後の鬼気迫るシーンでの表情はとっても良かったな。

ヒロインの設定のハイミス(今日では死語、あるいは使ってはいけない類の言葉)は、なんだか逆に目新しいなとも思ったが、ヒッチコック作品としては割と典型的なヒロイン像でもあるなと思い返した。