映画:《長江に生きる 秉愛の物語》

昨年に鑑賞した《帰れない二人》の上映が早稲田松竹であったが、併せて同監督の《青の稲妻》と本作が流されていた。《青の稲妻》は時間が合わず、《長江に生きる 秉愛の物語》は観られた。発展が著しい中国は、国の変化を描く映画が盛んで、これらの作品もその流れのうえにある。《長江に生きる 秉愛の物語》は、完全なドキュメンタリー作品となっている。

場所は長江は沿岸の村「桂林」と朧げに覚えているが、あの有名なスポットではない。三峡ダムが完成した暁にはダム湖面下となる村から立ち退けという政府に抗う女性:秉愛(ビン・アイ)が取り上げられる。村の立ち退き事業自体は 1996 年から開始され、2002 年には一応の完了をとったらしい。監督は 7 年間もの間、彼女を追ったようだ。彼女はどうなったのか。

彼女の実家は、もっと山間部にあったようだが、父の決めた夫と結婚した。そこに愛はなく、かつて恋仲だった男とは別れた。そこから、夫とは一男一女を儲け、田舎の農民として生計を立ててきた。夫は脚に障害を抱えており、収入のよい重労働ができない。愛はあとから育まれた。そして彼女は大黒柱となった。

1996 年、第 1 次移住者たちが村から去る。家屋を破壊して建材を確保し、新しい土地で家を再建し、生活を歩み始めるとのことだ。まだ村は集落として機能しており、たくさんの人がいる。家財道具を載せた船が川下に消えていくのをまだ残っている人たちが見送っている。

時は飛んで 2002 年、隣近所が居なくなった彼女の一家は、その家だけを残した村の跡地に暮らしていた。高校生になった息子は町で寮生活をしている。娘はこれから高校受験だ。先に立ち退いた友人たちから引き受けた畑は、かなりの広さをもっており、そこを耕しては家族を養う収入を得ているらしい。

一方で、立ち退き事業は進行しているわけで、村を含めた比較的広い同地域での寄合では喧々囂々、みんな好き勝手に言いたいことを喚きたてている。ぽつぽつと残っているひとたちが集まればまだそれなりに人はいるようだ。多数決で物事を決めるとうそぶいてはいるが、国家や役人の敷いたレールに沿ってしか話は進まない。

彼女は、現在の自らの畑を維持できる距離での引越しを目論むが、そうはならない。中国では国民は土地を所有できない。決められた土地に行けと役所の人間が説得にくるが意見は平行線のままだ。とうとう指定された候補地にまで呼び出されてしまう。役人と秉愛夫妻とのやり取りは、本作のハイライトといえそう。耳慣れない言語での口論が延々と続くので、ちょっと眠くなったけど。

さて、彼女が今の生活と暮らす土地に懸ける思いが尋常でないことはわかるし、政府の命令が一方的であることもわかるのだが、彼女なりの論理がどれだけの正当性を持つのかは、私には判断できなかった。

一時的に引越しに合意するも、結局のところ彼女は、政府の一方的な主張に迎合する引越しはしないと決意を改め、少なくとも撮影期間の 2003 年までは意志を貫いた、とのことだ(元の家は水没し、なんやかんやで近所の小屋を買い取った、とのエピソードが字幕で流れるのみであった)。

冒頭、寄合後、最後の 3 つのシーンで彼女はインタビューらしいインタビューに答えている。いずれも独白でも、恋は父に敗れ、でもそれを恨んでいるわけでもなく、自らは家族を助け、そうやってみんなの記憶に刻まれたいということを淡々と述べる。

2002 年の苦しい時期、よく祖母と母の夢を見るとカメラに向かって彼女は言った。故郷の夢だ。だが、夫が夢に出てくることはないとも言った。身体は簡単に動くけれど、心は思ったよりもはやくは動かないと言った。どういうことだろうか。

非常に印象に残った言葉だったが、だが、そうであればなぜ彼女は、嫁いできたこの村に身体が縛られているのだろうか。まして、心も縛られているのか。逆に問えば、心のこの村に残すために、身体を無理やりにでも留めているのではないだろうか。

また、彼女の学業は、文化大革命の終わりに翻弄され、教師が権威を失い、学校では終始に渡り農作業をやったという。これがどのような政策や活動にあたるのかはよく分からないが、とにかく自分は勉強する機会が失われ、勉強できなかったという気持ちが、強く残っているのであった。

父や国に翻弄されつくしたうえの人生で、とうとう自分の世界を築きつつあったが、今度はそこを破棄されることになった。こういうことだろうか。

その他の情報など

ポレポレ東中野の作品解説に情報が充実していたが、以下の 2 つの記事も参考になった。気になった箇所の引用とともにメモとして残しておく。

そんなフォン・イェン監督が結果的にビンアイを主役に据えた本作を完成させたのは、フォン・イェン監督がビンアイの生きザマにホレ込んだため。プレスシートによれば、フォン・イェン監督は4人の女性に絞って撮影を続けており、ビンアイはその中の1人だったが、次第にその「特殊な存在」としての価値が高まり、結果的に彼女が唯1人の主人公となるドキュメンタリーになったらしい。

http://www.sakawa-lawoffice.gr.jp/sub5-2-b-09-27tyoukouniikiru.htm

フォン・イェンも「三峡ダムによる移住」をテーマに撮影を進めていた。そして出会った1人が断固として移住を拒否する秉愛だったのである。補償金をもらい移住する人が多い中、流されず、「自分の置かれた立場、将来、心、魂について自分なりに考えている」ビンアイの姿に「農民の意識の目覚め」を見出したと監督は述べている。農業経済学専攻の監督らしい視点がうかがえる。

https://wan.or.jp/article/show/2961