『ファミリー・プロット』《Family Plot》を観た。1976 年の作品だ。ヒッチコック最後の作品ともなっている。いくつかのレビューで目にしたことだが、たしかに話のスケールが小さくまとまっている。テレビの特別番組枠と言われても納得してしまうかもしれない。こういうストーリーにしたのはどういう戦略だったのだろうか。
ヒントと言うか、前作の『フレンジー』でも感じたことだが、サスペンス要素が身近な関係に落ち着いている。そして主人公たちも悪役も、小市民(小市民とは)だ。多くの鑑賞者にとって感情移入しやすい、とは言わないまでも、自分や知り合いの立場に近かったり、そうでなくても隣近所の人間に似たような境遇の人間がいるかもしれない。
時代背景やら同時代の映画作品、あるいは他メディアのエンターテインメントとの関連比較やら、深入りしていくとおもしろそうだけれど、一旦区切る。
物語は、冴えないカップル 2 組の思惑が交差する。交わるようでなかなか交わらない関係がおもしろい。本作では、男女間の性的な関係が直接的にビジュアルで表現されることはほぼないが、会話劇もとい台詞回しでは過去にないくらい存分に主張されており、これも目立つ点かな。とにかくヒロイン:ブランチは本能が強くてヤバい。
インチキ霊媒師という設定、あるいはクライマックスのアレにどういう比喩が籠められているのか、現時点ではよく分からん。ただのオチではないとは思うのだが。
悪人側の主人公:アダムソンとその相棒:マロニーの 2 人の悪人面もよくできている。雑に言ってキャストがいい。ブランチのパートナーであり、一応の主人公:ジョージも一見して軽薄な男だけど、実はそこそこ頭がよくて思慮もあるという塩梅が絶妙でよい。嫌いになれない。
無視できないキャラクターで今回、私がもっとも好いな、カッコいいなと思ったのは、アダムソンのパートナー:フランだ。冒頭のインパクトの強さ、誘拐強盗とそこから先の犯罪との絶妙かつ奇妙な線引きなど、なんとなく共感しやすいかったね。
というか、鑑賞後にわかることだけれど、フランは現行のパッケージのビジュアルに大きく使われているんだよね。やっぱり、カッコいいよ。
気になったシーンなど
今作もなんだかんだと印象深いシーンやらカットやらが多かった。ひとつずつあげていく。
よそ見運転からフランに切り替わる
冒頭、ブランチが富豪老婆を相手にした仕事帰り、彼女の儲け話に耳を傾けるジョージは運転を疎かにして事故を起こしかける。その相手が道路を横断していたフランだ。
このタイミングでカメラは警備員のいる詰め所に向かうフランを追い始める。いや、まったく意味不明ですが、目はくぎ付けにならざるを得ない。突然、強盗劇が開始されて私用の小型ヘリコプターを駆った人質交換までが済み、誘拐強盗が完成する。
スムーズすぎる。話の展開としては半々くらいは読めるようになっているが、手際が良すぎてもう面白い。
聖堂の階段、最後の階段
ヒッチコックの階段が好きだ。今作では主に 2 箇所のシーンで階段がうまく使われていたなと。ひとつは、司教に会見を臨むジョージが聖堂の大階段を駆け登る俯瞰のシーンだ。なんとなく気味がいい。
もうひとつは、クライマックスのアダムソン邸でのいくつかの階段だが、やっぱり上手いんだよな。ヒッチコックの最後の作品となった本作のエンディングが階段で締めくくられるのとか完璧としか言いようがない。
ファミリー・プロット
悪人マロニーの葬儀で、避けるマロニー夫人と追うジョージを俯瞰で映すシーンもよい。これはタイトルに象徴されるロケーションなのだよな。葬儀あるいは墓地でひとが動くシーンというのは、なんらかの不思議な気分を醸すね。
ヒッチコック作品でいえば『泥棒成金』も印象的だったが、自分の小さな映画履歴でいえば『芳華‐Youth‐』のラスト付近の墓場のシーンも好きだね。日本の映画だと何かあるかな。パッとは思いつかないな。
ジョージのハンバーガー
ブランチ宅での朝の作戦会議中、ジョージがハンバーグを焼いてバンズに置く。テーブルには野菜とピクルスが盛られた皿があり、ケチャップも目に入る。2 人はテキトーに野菜をのせて、ケチャップをぶっかけて手製のハンバーガーを頬張る。ずるい。
なんかねー、いいんですよ、このさりげないシーンが本当にいい。この作品で 1 番好きだ。美味しそうなのがまず第一に好い。調理担当をジョージが請け負っているのも好いし、時間もないのにおかわりを要求するブランチもよい。本当に欲望に忠実だな、君は。
お手製のハンバーガー、作りたくなるっしょ、これ。そういえば、誘拐された被害者に提供されたフランによる食事も美味しそうなんだよね。そのへんの感覚も、ここ数作品で得られたことなのでちょっと気になる。
というわけで、先日もちょろっと書いたが、もともと射程に入っていなかった初期作品、ついで、いくつかの取りこぼしを残した状態だが、今作の視聴をもって一旦はヒッチコックマラソンを完走とする。ありがとうございました。
Last modified: 2024-06-10