ヒッチコックマラソン『パラダイン夫人の恋』を観た。原題は《The Paradine Case》ということで、こちらを参照したい。と言うのも、ちゃんと鑑賞していれば大筋は明らかではあるが、そもそもの邦題がかなりネタバレ気味で「なんだかなぁ」という理由からだ。

原題で表現されているが、扱われるのはパラダイン夫人が係る事件簿である。彼女は、盲目の夫を殺害した罪に問われる。彼女の弁護士が主役として物語は進行するが、被告である夫人はファム・ファタールのような人物で、弁護士は彼女に熱を入れてしまう、というのが表立ったところの展開ではある。

弁護士の男は新進気鋭で将来を嘱望されており、かつまた新婚で彼の仕事に理解のある妻がいる。ではあるのだが、上述したように弁護士の仕事への、夫人への執心によって、夫婦仲にも次第にズレが生じはじめて…、こちらの関係はどうなるのか。

ビジネス相手、しかも殺人事件の容疑者に惚れるってどういうことやねんというツッコミが入らないではない。これは別に本作固有の演出というよりは、古典的な劇作や文藝の枠組みにも則るセッティングだろう。パッと思いつかないが、日本の古典にもあるんじゃないのかね。

この作品の難しさは、パラダイン夫人は本当に夫を殺しており、その原因には別の男性との恋があった、という事実がかなりあからさまで、となると事件の争点などははじめから無かったようなものなので、弁護士の恋も仕事も無残で無意味であったという印象が残りがちな点にあるかな。緊張感がない。

チグハグ感が否めない。何を見せられているんだ私は、というね。

それとは別に結末において、弁護士の夫婦の行き違いは、妻の献身的な愛、彼女は夫に再び弁護士として再起し、正義のために仕事に邁進してほしいと訴え、それによって男も立ち直りの兆しを見せ、一件落着する。これはこれで面白味に欠けるというか、見どころという感じもしなかった。やはり、何を見せられているんだ私は…、となる。

あえて本作にもう少し深く立ち入ろうとすると、この弁護士夫婦と対峙する判事とその妻である老夫婦のやり取りを絡めることはできそう。老判事の妻は、殺人の案件を夫が取り扱うことをツライという。しかし、夫はこの職務を全うする必要があることを熱を持って語る。これは上述の夫婦の復活前、結末付近に差し込まれたカットだ。

つまるところ、判事と弁護士の立場は異なれども同じく法に則った社会的な正義を問う仕事をしている。それに対して、老若で妻のスタンスと視線にかなり相違があることが描かれていることは明らかで、このへんの対比が魅せどころのひとつだったのかなぁ。そうなると序盤のあのシーンにも勘繰りたくなるが…。

ちなみに、男勝りの-という表現は現代的には妥当ではないが-知的な女性像としては、弁護士仲間の娘にその役割が割り振られている。彼女は、弁護士の妻とも仲が良い。なんならこの女性像を妻役にした方が、展開にメリハリがでたのではないかとも思わなくもない。

映像的には法廷で、正面に映るパラダイン夫人を中心にして、証人の男が施設をぐるっと回って法廷に入退場するシーンが印象的ではあった。あとは弁護士の男が訪問する、パラダイン別邸の雰囲気の不気味さ、天井の高さなんかは画面的に面白かった。

もうちょっとしっくりくる解釈はないかなと思ってググって、上位に出てきたこの記事の説明はなるほど分かりやすかったな。制作の背景事情まで含めてみると別の視点も出てくるものだね、当然だけれども。

どうでもいいが、この記事は 11 月 29 日にあげるつもりだったが、下書きのままで忘れていたのであった。

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