自我の目覚めと再生の物語ではないか|『夜明け告げるルーのうた』

『夜明け告げるルーのうた』(2017)の感想だ。3 年以上も前の映画で当時劇場で鑑賞した。監督の湯浅政明は最近、忙しそうだ。話題になったアニメ『映像研には手を出すな!』でも力を奮っていたし、昨年も監督作の『君と波に乗れたら』(2019)が劇場で公開されていた。で、先日は『日本沈没2020』をやっていた。

本作『夜明け告げるルーのうた』も、2020年の年始に NHK で放送されたというではないか。これは映像研に関連して確保された枠だったのかな。

『夜明け告げるルーのうた』だが、現実の社会や環境、他のアニメ作品との関連に先に触れておくと、『崖の上のポニョ』(2008)は意識せざるを得ず、また巨大な水流が町を襲うという設定やシーンからは災害を喚起する問題、そのテーマ性も思い浮かぶ。

案外というか本人のインタビューや記述などは確かめていないが、湯浅監督としてはこの辺に非常にこだわりがあるのかもしれない。『日本沈没2020』で監督を務めたことも然り、『君と波に乗れたら』も海、水との関わり合いがテーマの背後にあることに変わりはない。自分の書いた感想を読み返してみたら、以前にアップした記事でも言及していた。

水を直方体に切りだす

水の流れを観察、探求し、それを描写しようとする人類の歴史は長い。日本だったら葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」が完成するまでの経緯は最近でも頻繁に話題になる。レオナルド・ダ・ヴィンチの水流の素描などもよく引き合いに出される。

アニメーションでもゲームでも水面や水中の描写をいかに美しくするか、クリエイターたちは苦労し、わたしたちはそれを楽しみ、あるいは感嘆する、ということでいいだろうか。個人的には、ここ数年で鑑賞した作品だと、吉田博の渓流の版画(1928など?)が良き作品だったなぁ、と思い浮かぶ。

というような、水の美しさ、リアリティをどのように描写するかという苦心の歴史を無視するように、『夜明け告げるルーのうた』では水を直方体に切り出す。本作で強烈に印象に残っているのは「直方体に切り出される海水」だ。

設定上は、人魚の子であるルーが海を切り取る能力を持っている。あまりに乱暴で突飛な表現だ! と思わないでもない。どのようにしてこの発想に至ったのか。なぜ人魚は海を直方体に切り取るのか。疑問が尽きない。特に理屈はないのかもしれない。

だが、超常的または超自然的な力-普段は見せない自然の力、あるいはそれを覆そうとする人間の力まで含めて-をアニメーションで半ば抽象的そして具体的に示すには、これが最適解だったのかもしれない。

少なくともルーは、カイに恋心を抱いており、ルーはカイのために水を操る力を使っている。それは『崖の上のポニョ』が起こしたと思われる強い波のような、あるいはそれだけの力ではなくて、水を、もっと自在に操る能力だ。恋の力だ。

ところで、個人的に参照できたこのような水のアイデアとしては、実はドラえもんに「空間切り取りバサミ」という道具があり、似たようなことをしていたりはする。この道具が登場したドラえもんの話では、このハサミで、空間を部分的に切り取ることで、それを好きなところに持ち運べる(他の道具との組み合わせ在りきだが)。作中では主に海岸や沖の部分を切り取っていた。

その他にも藤子・Fには割と水柱をそれとして空間にポンと置くようなイメージが多い気がする。とまで、書いてから集めておいたインタビューを読み漁っていたら、ちゃんと言及されていたね。監督は、TVアニメ『キテレツ大百科』の「ひんやりヒエヒエ水ねんど」(1988)の原画が楽しくて記憶に残っていたらしい笑。

やっぱり表現というのは地続きなんだな。

その他

ねむようこがキャラクターデザイン

普段はあまり気にすることがないのだが、キャラクターのデザインは見たことある絵柄だなと思ったらねむようこ氏であった。彼女は『午前3時の無法地帯』が Kindle で配信されたころに読むようになって、以降の単行本も割と読んでいるのだが、キャラクターの絵がいいよね。好きです。

ルーの父親の動きの不気味さ

いろいろと不穏なシーンが見え隠れする本作だが、鑑賞中にいちばん心臓に悪かったのはルーの父親が地上にやって来たシーンだね。まずもって不気味で、目的も分からない。陽にあたらないように行動していることは分かるが、恐い。サイズ感も一定せず、どういう存在なのか最後まで不明だ。

音楽

監督の他の作品でもていねいに扱われている要素として音楽があるが、本作では割と主役だ。カイが秘密裏に活動していた打ち込み系のサウンドもそうだが、バンドでの活動も物語を進める原動力のひとつになっている。

いろいろな音楽が流れるが、個人的には再序盤が一番印象に残っている。

参照

先日の「日本沈没2020」の感想に続けて、書き留めたままだった内容を勢いで出したので、近いうちに鑑賞しなおそうかなという気分である。