山に国境はない、アニメはどうだ|《神々の山巓》

アニメ映画《神々の山巓》を観た。予告で事前情報は知っていたというか、日本などを除く各国では Netflix ですでに配信されているらしい。国内では劇場にて初のお披露目となったワケだ。

原作は夢枕獏による小説で、今作は谷口ジローによる漫画版の映像化となる。原作は数年前に文庫版を読んでいるが、漫画版は未読という状況で、日本の実写映画版は存在だけ知っている-キャストはよさそうだけどね……。

フランスでの谷口ジロー人気は確固たるものがあって、そういう流れでの本作ということだろうけれど、それにしても 90 分程度の作品にすることに対する小さな驚きというか、感動というか、そういうのがある。

フランスのスタジオらしい描き方は細かくは目に留まるが、原作はおそらくほぼ再現され、十分に生かされており、言われなければ何処の国のスタッフらが製作したかなどは気にもならない。

私としては原作小説の内容は半分も覚えていなかったので、漫画版がどれだけ原作小説から改変したのか、果ては今回の映画が漫画版をどれだけ省略改変しているかは、わからない。

しかし、羽生がネパールの山村で少年だか少女だかを養っているとか、マロリーのカメラの秘密にもう少し複雑なプロットがあったとか、その辺はなんとなく覚えていたが、これらはオミットされていたね。あと、羽生との登山中に亡くなった人物の設定周りにも変更があったようだが、あとから調べて思い出した。記憶になかった。

へぇとなった点

  • 劇伴がエレクトロニックというか、重低音がカッコよくてバリバリだなとなった。直近だと《パリ13区》を連想させられる。《アネット/Annett》も遠からずという感じがある。つまり、どちらもフランス映画ってことだけど。
  • とはいえ、劇判については音が鳴りっぱなしに過ぎる感じがして、静寂な山というか、そういう地域での空気感を感じるシーンはほとんどなかった。雪崩のシーンは流石に現場の音が強調されていたが。
  • もっとも好きなシーン。怪我から治って社会復帰した羽生が山岳ショップから退勤して雨の夜の街に消えていくシーンだが、道々やビル街、小物などが徐々に消えていって、ただ彼と空気だけが描かれる。原作からの援用かしらぬが、西洋絵画の趣があった。『マロナの幻想的な物語り』なんかも思い出す。
  • キャラクターのデザイン、原作(漫画)に寄せているということで、本当にほとんど違和感はなかった。とはいえ画面に映り込むモブ達や亡くなった少年のお姉さんなんかは目つきが細くて、これは欧州人の見たアジア人だなと。
  • 東京の街の遠景も省略のしかたが西洋絵画っぽかというか。太い幹道がひたすらまっすぐに奥に伸びていく。日本の作品が日本の都会を、ああいう感じには描けないのではないかな。

ふむとなった点

  • 日本ぽくないなというのがもう1点あって、少年時代の羽生と思うが、田園を駆けて山を登頂し、山頂からの景色に浸る描写があった。ここ、田園は麦畑のようだったし、登山中の背景はスイスはアルプスのようだったね。いろいろな日本ぽくなさが詰まっていて、微笑んでしまった。
  • 深町も山狂いの男なんだが、そのへんは羽生とのギャップを生み出すためか、ややニュアンスが弱かった。原作の記憶はあまりないが、その辺は日本社会との繋がりようでバランスされていたような気がする。しかし、山岳写真家という存在は 狂気×狂気 みたいなもんで、単純に登るよりもツラいことをやってのけているハズだが、役割的に背景になってしまうのよね。
  • 原作の読書時に気づいたが、私は原作を読む前にマロリーの遺体が見つかったニュースを記憶していた。やはり読んだ文庫版のあとがきには、作品の前後で歴史の事実関係によって影響があった旨がコメントされていた(作品に書き換えは生じていないと記憶しているけれど)。これが本作にはなかった。それはそれでいいけど、それでいいのか? とも。
  • どこかで目に留まった指摘だったが、「郵便ポストから現金投函はできないよね」というのがあったのでメモだけしておく。漫画版ではどうだったのだろうか。演出上の嘘だと割り切ってやったのかとは思う。

まぁ、面白い作品だった。ところで、フランス語のタイトル “Le Sommet des Dieux”、または英題の “The Summit of the Gods” だけれども、これタイトルだけで山の話だとわかるんだろうか。 “Sommet(Summit)” というと日本では特に「首脳会談」というような文脈で使われがちだよね。

追記:20220905

漫画版を読んだ。なるほど、いろいろと腑に落ちた。このアニメ映画版、かなり手が入っているのね、そうか。作品を 90 分ほどに収めることが前提だろうけれど、かなり輪郭が切り取られている。一方、この記事で書いたような、この映画独特の表現だなという箇所は、原作では省略されていた箇所が相当していることが多く、試み自体はおもしろいなと。

また、深町の山男としての狂気がなんか薄味だなという感覚もそりゃそうで、そういえば原作はああいう結末を辿ったのだなと、記憶がよみがえった。