ああボンドよ、君を泣く|《007/No Time To Die》

《007/No Time To Die》を観た。なんだかんだでシリーズを通しで鑑賞できたダニエル・クレイグ版のボンドにはそれなりに愛着がある。全体における物語の背後関係を理解しきれていない気がするけど、まぁいいでしょ。

  1. 《007 カジノ・ロワイヤル/Casino Royale》
  2. 《007/慰めの報酬/Quantum of Solace》
  3. 《007 スカイフォール/Skyfall》
  4. 《007 スペクター/Spectre》
  5. 《007/ノー・タイム・トゥ・ダイ/No Time To Die》

となっているわけだが、どうだろうな。3 作目が個人的には 1 番好きかな。自分が出生の秘密みたいなネタに弱いのと、単純に完成度が高いように感じる。1、2 作目は昔に TV で放送されたのをぼんやりと鑑賞した経験があったのだが、それをすっかり忘れていた。直近で再見して確認した。

1 作目は新シリーズとして好評だったらしいが、カジノで毒を盛られる展開がなんだかなという、個人的にはややネガティブな印象が強い。2 作目は短いんだっけ。それでも最後のほうの展開は嫌いじゃなかい。

4 作目はラストに砂漠の秘密基地を攻めるという、いかにもな展開は嫌いじゃないが、そこそこというところ。3 作目で明らかになった敵役との決着という点では重要ではあるのだけれど。でも、いわゆるポスターのデザインは 4 作目が 1 番好きだ。かっこいいね。

で、今作だが外連味のある敵役が来たなぁ、という。北方領土あたりを決戦の地に選ぶのは監督さんの出自の流れもあるのだろうか、胡散臭いナノ兵器工場とよくよく考えるとバカバカしいウソ臭さにあふれた毒草園のデザインも、なんか許せちゃう気にさせられる。奇妙な畳の間と奥に鎮座する神棚のような何かは、ちょっと苦笑いするけど。

熱心なファンの方の感想で知ったが、ドゥニ・ヴィルヌーブも監督候補になっていたらしい。今回のキャリー・J・フクナガ監督だが、ところどころの美術やカットの美観が似ている印象はあった。それらの影響関係は知らないけれど。ヴィルヌーブは次回シリーズ作品の監督を熱望という報道もあるみたいだが、どうか。

国家レベルの秘密組織の人外エージェントという役割を背負った、かつ出生にも傷のある人間が、それでもどこかにしら人間性を求めつつ、任務を全うしていく。女性に対しては「50:50 で女性は彼に対してあんな態度をとる」と言われてしまうような関係性をいやおうなしに構築せざるを得ない。そんな彼が安らげる住処は果たしてあるのか。

みたいな経緯を本シリーズ全体で辿ったとき、今作の結末はパッと見以上に、類型の物語の枠を外していないド定番だろう。007 シリーズであるという点を除けばだ。最後には、ちゃんとした人間としての、特に実にパーソナルな使命を全うした。

映像としては、いろいろな距離やアングルからの映像が的確に入り乱れており、これが大作ならではのよさだが、撮影なり編集なりのこだわりがしっかり効いていた。個人的には森での抗争が終わるとき、飛び去るヘリコプターの音を追い、草原に出て空を仰ぐまでのシーンとカットが 1 番印象に残っている。

不満というほどではないが、時代性を配慮した演出が増えているのはわかるが、一方で、冒頭と終盤で幼い女の子が危険にさらされる描写は、お話の構成の面で仕方がないとはいえ、あまり心臓によくなかった。

ともいえ、子供という要素をそこまで前面化させるつもりもなかったようなのも理解はできた。

ダニエル・クレイグのボンドは、安酒をバカバカと飲んでいる姿が印象深い。アルコール中毒だという指摘は昔からあるらしいけど、そりゃそうなるでしょ。南洋と黒人の街がこれほどピタッとハマるのも彼らしくて好きだった。シリーズがあらたに始まるのか知らないけれど、とりあえずお疲れさまでした。

過去シリーズはちょいちょいしか見てないので、時間が作れれば見たいところではある。アメリカのアクション映画史の側面でもあるわけでな。