《ドクトル・マブゼ/Dr Mabuse: Gambler》を観た。1922 年の作品だ。フリッツ・ラングの作品鑑賞としては《メトロポリス》に続いて 2 作目だが、こちらの方が 5 年以上も古い作品らしい。というか1922年というとほぼ100年前の映画じゃないか。大丈夫かと不安になる。何がだ?

というわけで、スコセッシおすすめ外国映画マラソン 3 作目となる。

犯罪映画だ。ピカレクスロマンとも言っていいのかな? ちょっと趣が違うか? 表向きは精神分析家あるいは精神科医のような確立した身分を持つ主人公:マブゼ博士が実はさまざまな犯罪に手を染めている。大悪党なのか小悪党なのかは判断しづらい。といったところで、ドタバタして最後には小さな綻びから破滅する。

本作は2部構成となっており、第一部は「ギャンブラー」(150 分程度)、第二部は「インフェルノ」(120 分程度)と副題つきで構成されている。また、各部で6幕ほどか話はほぼ連続して展開するが、明確な区切りが設けられている。

日本国内でも時折ミニシアターで上映があるようだが、ディスクは 2008 年の紀伊国屋書店による「フリッツ・ラング コレクション/クリティカル・エディション ドクトル・マブゼ」が最新の状態のようだ(本記事執筆現在)。ただし、この盤はすでに廃盤で中古価格が高騰している。

私は今回、どうやって観ようか困って TSUTAYA も真剣に検討したが、どうせ無声映画だし、それくらいの英語字幕ならなんとかなるだろうと判断した。US 版の Blu-ray が Amazon Japan でも転がっていたので、こちらを購入した。どうしても日本語字幕で見たい場合を除いては、この方法をオススメしたい。購入した版には、特典映像として劇伴、原作、マブゼの元イメージについての解説がついている。いいね。

以下、感想となる。

ギャンブル、人間の運命を賭ける

作中で 2 度ほどかな。マブゼ博士が台詞にするが、彼は賭け事が好きだという。それはお金もそうだが、「人間の運命を賭ける」ことに強調していた。ほぼ第一次世界大戦直後の時代背景とはいえ、まともに生活していれば安定した生活を過ごせるだろうマブゼ博士が、なぜわざわざ犯罪に走るのか。しかも、義賊というわけでもないただの悪人だ。あるいは戦時中に彼の価値観を揺るがす事件があったのか。

とにかく博士は狂っている。でも、画面中では悪役なりにカッコいいんよね。それが犯罪映画のキモといえばそうだろうが、とにかくキレがいい。葛藤も何もない。とにかく悪い。善性のカケラもない。純粋悪だ。純粋悪とは!?

第一部:ギャンブラー

国家間の秘密書類を抜いてトレード額を操作し、株でボロ儲けするシーンが Act.1 であった。ユニークだなと見ていたのは株式市場の時計で、大きな 24 時間時計が中央の間に据えられていた-通常の 6 の位置に 13 が配置される。また、他シーンのホテルのフロントに掛けられた時計は、12 時間時計ではあったが、13~24時までも文字盤に刻印されていた。ドイツらしいと言っていいのかな。あまりみないデザインだ。

Act.2 からは一貫して富豪:ハルをカモにするマブゼ一味、並行して悪のギャンブラーを追跡する当局:ヴェンクとの対決が描かれる。精神分析家らしいマブゼ博士は催眠術のようなトリックも駆使して相手を操る。

Act.4 の裏賭場で対峙したヴェンクを陥れるシーンは作中でも屈指のひとつだろう。ワイワイガヤガヤとひとがひしめく中で、朦朧とした意識の中、変装したマブゼ博士を凝視するヴェンクの意識は遠のいていく。

すると、マブゼ博士の周囲は黒くなっていく。カメラが絞られる「アイリスアウト」という技法の延長なのかな-アイリスアウト自体は頻繁に使われている。ブラックアウトしていく画面は、マブゼ博士の輪郭を上手に包む。どうってことない演出のようにも思えるが、主演の存在感の強さもあいまって強烈なシーンだ。ただただ不気味なマブゼ博士の顔が怖い。

Act 5 で登場する裏賭場の仕組みもおもしろい。円形のテーブル中央に鎮座したディーラーは、円の縁に座ったプレイヤーとやりとりする。カメラはディーラーを回りながら映す。この賭場のキモは緊急時には上から踊り子の舞台セットが降りてきて場を隠蔽できる仕組みということで、その大掛かりさがいいね!

第二部:インフェルノ

まずは、前編でヒルとは別にマブセの悪意の標的となったトルド伯爵について触れたい。普段はやらないギャンブルをなぜかプレイしてしまい、しかもそこでインチキが露見してしまう。パーティーの客は退散してしまうし、その隙にパートナーはマブセ博士に誘拐されるし、散々だ。

そのうえ、マブセ博士にカウンセリングを装った罠にはめられて破滅していく。神経が摩耗した彼の描写、演技が美しくて好きだね。後編は彼が 1 番よかった。広い邸宅で発狂して暴れまわるシーンとかいいぞ。

Act.5 くらいのマブゼ博士が扮した奇術師のステージも見ものだった。先住民族と思しき集団がステージの奥から次へ次へと舞台、観客席へと移動していく。終いにはパッと消える。パッと消えるほうは映画のテクニックとしては分かりやすいのだが、画面の奥から登場する仕掛けは謎で、これはステージもといスタジオが実際に奥まで作られていたのかな。

パッと消えるほうのマジックも現実的には不可能に思われるので、これはもはやマブゼ博士の幻想、もとい幻覚の世界とも考えうるのかね。

マブセ博士の手下たち

6 人くらい居るのかな。しょっぱなから登場するのが、虚弱で頼りなさげな執事風の男、次に登場するのは運転手または強行部隊として働く豪傑、さらにはデブで巨漢な歯抜けの男、紅一点のカーラ、ヴェンクの事務室を破壊工作した男もメンバーだったかな。

個性が強くて彼らを見ているだけでも飽きない気がする。キャラクターの造形としてはマブセ博士に負けていない。これが見事だね。でも、マブゼ博士の何に魅力を感じて従っていたのだろうか。大恩があったりしたのかな?

マブセ博士の最後

本拠地から地下水道を這って逃げるシーンだけで、その転落の様がおもしろいが、別の隠れ家に到達したときの顛末も面白い。まず、現場で雇っている盲目のひとたちに恐れられる。彼らは直接マブゼ博士のことを把握していないのだろう。恐れ切っている。てんで役に立たない。

ついで、本作中で彼が手を下した犠牲者たちとの関係が、あらためて炙り出される。ベタだけど、このへんの描写も最高だね。詳しく書きたいけど、野暮になりかねないから止めることにする。いい映画だった。

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