哀れ、剥製のようなノーマンよ|『サイコ』《Psycho》

『サイコ』《Psycho》を観た。1960 年の作品だ。しばらくフルカラー化されたヒッチコックが続いたが、本作はひさびさにモノクロ作品だ。モノクロって言ってもちょっとセピアっぽいというか、カラー時代のモノクロなのでかつてのモノクロよりも風合いの高さがあるような気もする。もちろん、保存状態うんぬんなども絡むだろうけれど。

いろいろと情報を目にしたけど、あの有名なシーンの色味なりの問題でモノクロを選んだということらしい。もっともだろう。

物語がどう転ぶかは相変わらず伏せ気味の展開で、本題らしきインシデントが発生するのは全体の 1/3 が過ぎたくらいからか。徐々に表現が露骨になってきたロマンスなシーンも本作ではかなりあからさまで、序盤からちょっとビックリした。

前後の作品で引き継いでいるメタテーマ

ヒッチコックの創作について少し述べる。

前作の『北北西に進路を取れ』の感想で述べたが、本作でも、母と息子の偏執的な関係が背後に潜んでいる。これは次作の『鳥』にも引き継がれるが、ヤバさでいえば本作がピークだ。こういうパラフレーズは、どのような創作でもあるだろうけれど、同じ監督や作家の作品を続けて見ていると本当によく分かる。

ついでに『鳥』に関連した話をすると、本作では主人公:ノーマンが鳥の剥製作りを趣味にしている。鳥こそは人間よりもすばらしい存在だのように演説をぶつシーンがあるが、これは『鳥』にも類似したシーンがある。どの段階から意図しているのか、単に創作、脚本のテクニックなのか、それ以上の狙いがあるのか。どうなんだろうね。

本作でも地味に活躍する階段たち

ヒッチコックは高低差を使った演出が好きで、これもどこかでしら論じられているのだろうけれど、そのなかでも私がいつも気になるのが、地味ではあるが階段の使い方だ。階段を活用しないシーンはほぼ無いと言えるくらい、特にハリウッド時代に入ってからのヒッチコック作品には、象徴的にとでも言えるくらい階段シーンがある。

そいでまぁ、本作の階段だけれども、大きく分けて3つにわけて見られる。なお、本作の階段は、いつもよりもちょっと象徴的な使い方がなされているけど、逆にそれが新鮮だった気がするのでこうして書いている。

  • ノーマン宅への階段
  • ノーマン宅の二階への階段
  • ノーマン宅の地下への階段

それぞれについて見ていく。

ノーマン宅への階段

主な舞台となるノーマン家の経営するモーテルの管理室から奥まった小高い丘にノーマン宅がある。モーテル側からノーマン宅の玄関口までは高低差は 5 メートル乃至 10 メートルほどか。

この階段を使ってノーマンは自宅とモーテルを往復する。ザックリと言ってしまうと、ノーマン宅側は死に囚われた世界で、モーテル側は彼を現実に繋ぎとめる唯一の場であり、かつ彼の狩り場でもある。

この階段を使うのは、そして使えるのは彼だけだ。私立探偵ミルトンは、この階段を使ってノーマン宅へと侵入したわけだが、その結果は死に繋がった。

一方、行方不明の姉を探すライラがノーマン宅に忍び込むときは、この階段は経由しなかった。もちろん、展開上の都合が前提されるわけだが、ミルトンと異なり、最終的には彼女は難を逃れている。

ノーマン宅の二階への階段

ノーマン宅のエントランスを開けると右手にある。二階には、主にノーマンの母の自室があると思われる。この階段は作中では、私立探偵ミルトンが昇り降りした 1 回、あとはノーマンが母を地下に匿う際に 1 回、それぞれ登場する。

この階段は、もはや死そのものだ。

本作でもっとも気になったカメラワークは、ミルトンの悲劇のシーンで、これは作品の根幹をカモフラージュする意図が先行したのだろうけれど、真上からの俯瞰に移行していくカメラ、追い詰められて階段から後退りするミルトンを正面から映すカメラなどなど、大変見ごたえがあった。

ノーマンが母を抱えて階段を下りていくシーンのカメラの視点はちょっとうろ覚えだが、オチを知ってしまったあとで思い返すと、やっぱり気持ちのいいものではないね。

ノーマン宅の地下への階段

ライラがノーマンから隠れるために身を隠したのが地下への階段で、この階段は扉を挟んで続き、地下室へと繋がっている。クライマックスもクライマックス、とうとうすべてが終わるシーンに至る。

特別に述べることもないのだが、身を隠さねばならないライラ、そこに地下への階段がちゃんとあるんですよね。作品のご都合ではあるが、ここまで見たような階段の布石、演出があるからこそ、この階段が最後の糸口だとなる。そういう丁寧さがある。

扉を挟んで階段が続いているのも巧くて、要するにノーマンは必ず、階段を降りていくことで姿を変えるということが端的に表されている。この家において、まともなノーマンの姿は 1 階のダイニングらしき部屋での姿のみだ。このような点も、考えてみれば非常に収まりがよく、気持ちがいい。

その他のことなど

ひとつめ。冒頭のマリオンとサムの逢瀬のシーンだが、アリゾナ州フェニックスのホテルだっけ。高層階の一室であることがカットから分かるはずだが、これもこれで割と珍しい。もちろん他の作品にも高層階というロケーションを使ったシーンはあるが、あまりその高さを意識させない。『私は告白する』『泥棒成金』などは別かな。

このシーン自体が、マリオンの不安か、あるいは作品全体の不安感を、ホテルの高さそのものより想起させようとした、とするのは考えすぎだろうけど、ね。

ふたつめ。別の感想では不評だったのを目にしたけれど、最後に精神科医フレッドが種明かしをするシーンがある。私はこのシーンが好きだね、役者は相当に気合を入れていてひょっとしたら浮きかねないのだけれど、いい演技をしている。本来はテレビ俳優だったのかな。英語版 Wikipedia の記載をざっと目にした限りだと。

みっつめ。ノーマン役のアンソニー・パーキンスの演技、すごくよかった。波乱万丈ながら佳作、名作とされる作品にも多く出演しているようだし、なにより本作から地味にシリーズ化されたらしい(よくわかっていない)「サイコ」シリーズにほとんど出演しているっぽいのが最高にクールだね。