展覧:《内藤コレクション展》

西洋美術館の常設展示室での小展《内藤コレクション展 ゴシック写本の小宇宙》に出かけた。《ハプスブルグ展》と同日程となっており、最終日の行列に並ぶ。常設展の窓口を別にできないかと常々思うのだが、それはそれで難しいのだろう。

内藤コレクションというのは、医師、内藤裕史氏からおよそ 150 点、 2016 年に西洋美術館に寄贈された写本のコレクションであり、これに加えて藝大の持っている 4 点の写本(ファクシミリ版だったかな)も同時に展示されていた。内容は、主に13 世紀のイギリスやフランスで作成された聖書に連なる写本の「零葉」が主であった。零葉というのは、書籍から残った1ページだけのことを指すらしい。知らなかった。

これらの写本の特徴は、まず羊皮紙製であること。正確に引かれた罫線に従ってラテン語、ものによってはフランス語などで記述される。

さらに「ドロップキャップ(イニシャルキャップ)」と言っていいのか、各ページの主要な箇所の頭文字を大きくあしらう。これは罫線の外の余白に書かれることもあれば、罫線内の複数行に大きく書かれることもある。この大きな文字が生み出した空きスペースに、本文の内容のイラストを配することも特徴として挙げられる。

レイアウトは 2 段組みになることが多いようだが、外枠や中央の罫にはアラベスクのような植物や、螺旋か渦のようなオブジェクトが描かれることも多いようで、美しいは美しいが、グロテスクであったり不気味な様子がある。組み合わせて、人や動物、ドラゴン(だったかな)などがモチーフとなったイラストが多く載るが、よく考えるとドラゴン(だったかな)はよく分からないな。聖書にドラゴン関係あるっけ。

行内の余った領域にも埋草として模様が入っており、これには執念じみたものを感じたが、実用的には抜け漏れを防ぐ目的などがあったのだろうか。黙読するときの行移動で下の行の目安を付けやすいということもあるかもしれない。

展示作品のうち何点かは、灰や黄緑、オレンジ様の色も使われていたが、当時の彩色方法としては不透明水彩の赤と青が使いやすかったらしく、そこに金箔を加えた3色によるカラーが多かった。これがなかなか色彩豊か(と言っていいのか)な印象を与えられるもので、赤と青と金と黒だけでこんなに楽し気な紙面を作れるのだなぁという感動もある。

で、どうしてこういう装飾が施されたのかということなんだけど、なぜなんだろうか。美しい紙面にするということはそれだけ写本の価値をあげるということかもしれないが、そういうことだろうか。ぶっちゃけて言うと、読みやすさや検索しやすさを上げるためだろうかと思うのだが、どうなのだろうか。目的の内容のイニシャル、イメージが頭に浮かんでいれば、ペラペラとページをめくったときに該当する箇所を見つけやすくなる。そういうことではないのか。そういう実用性の面の話はなかった。

余談だが、本展は常設展のスペース内の展示(西洋美術館の収蔵品)なので基本的には撮影が可能になっている。私と同じようにブログに感想を残している方々を探すと、撮影された写本がたくさん出てくるので楽しい。

それはいいのだが、スマートフォンのシャッター音がうるさすぎる。そこかしこでカシャカシャと鳴らされると落ち着いて見ていられない。なんとかならんかね。

特に記憶に残っているのは以下の 2 点だ。

「栄ある天国の扉」

題字は間違っているかもしれない。「D」だったと思うが、段落全体を囲むように描かれており、そのなかに本文が挿入されているという異色のレイアウトだ。これはおそらくこのタイトルの通り、扉なり門なりがイメージされてこのようになったのだと思う。

「天にいる神に祈る水中のダビデ王」

「S」の上部の余白に天の神、下の余白に水浴するダビデ王が描かれている。どの文書に対応した箇所なのか記憶しておけばよかったが、どうなのだろう。本写本には楽譜(のようなもの)が載っているのもおもしろい。