猫は気まぐれ、世は情け|『泥棒成金』《To Catch a Thief》

ヒッチコックマラソンです。『泥棒成金』《To Catch a Thief》を観た。感情に任せて言えば、現時点で『三十七夜』を超えるマイ・ベストかもしれない。某 SNS であまり評価が良くなかったのでちょっとビビっているのだが、このおもしろさに悦びを隠せない。

どのシーンも面白くて見入り、ドキドキしたり、ケタケタ笑ったりした。あらすじを書き並べる感想は書かないようにしてるが、この作品については、そのように書く。

冒頭、気色悪い顔色をした女性の絶叫で、まずビビる。なんだこれ、とても恐ろしいものを見せられたな、となる。直後、鈍く緑に光る屋根瓦を黒猫が行き来し、物語が提示される。残念ながらあらすじを読んでいるので、この黒猫が「キャット」なる宝石泥棒を意味することは事前にわかっているが、それでも-だからこそか-面白い。

本編、まず登場するは、優雅でのんびりとした斜面で畑をいじる男は元キャットである。そこに早速お巡りさんが来る。男、屋根へ逃げる。屋根に上る必要あった? 画がキマってる。カッコいい。そしたらすぐさまカーチェースが始まって、ヘリコプターによる空撮が披露される。のどかで風光明媚なフランスの田舎道を駆ける2台の車が映える。本気だなぁ、いいなぁと思った矢先、おい、なんだなんだ、逃げたのは囮じゃん。ウケる。

男は裏側でバスに乗車し、レストランへ、そこからベニスへ逃げる。ベニスに向かう船上で、かつての仲間の組織の娘とのやりとりまでを通して、主人公の背景の事情が色々と察せられる仕組みになっているが、クライマックスまで見てから振り返ると、この辺の人間関係やその顛末がほろ苦いね…。

花市場での密会、追跡、乱闘までの流れもサンペンスっぽさもほどほどに、オチとしては婆さんの強さには敵わずに-もちろん男は手加減している-、素直にお縄にかかるというコメディのような退場劇で笑わせてくれる。この辺で、本作の風合いが馴染んでくる仕組みなのかなぁ。

密会相手だった保険屋も最後までよく付き合った、乗り切ったなという感じだが、花市場の次のシーンでの会食もやたらと面白い。強いメイドの美味しい料理、僕も食べたいです。ところで、んー? 最後までみて湧いた疑問だが、保険屋のひとは真犯人のことはわかってたのか? そんなことはないか? んまぁ、いいや。

さて男、ターゲットのアメリカ人親子に近づこうというのだが、このとき、ジョーは親子のお母さんからの評価を、上げて落として上げる。このジェットコースター加減も、その見せ方も面白い。このお母さん本人に対するの評価-作中での魅力も-転結があるんだよねぇ、本当にいいです。本作ではこのお母さんが最高に好き。面白すぎる。

仲良くなる前に去り際に娘からのキス。んー、なんじゃこれは!? おぅ、海水浴に行くことになったんすか。ここで娘の美しさがエグいっていう描写が入るんだけどもこれも過剰なくらいで、完全にギャグなんだよね、ジョーは引いちゃってる。ジョーは終始ひけちゃってるんですよね。ここもポイントだよね。

直後の海水浴のシーンも大好きなんだけど、伝令役として組織の娘が来る。ちょい沖にある浮き場でちょっとした諍い。参戦する娘、痴話喧嘩が始まる。「なんてステキな太陽だ」と空を仰ぐジョーが面白すぎる。パンツ掴まれるし、大爆笑するしかない。

一転、緊迫したカーチェースである。『断崖』を彷彿とさせられたが、撮影のテクニックも伴った緊迫感も全然レベルアップしており、同じ監督の作品を続けて見てきた甲斐というものを感じざるを得ない。ここ、監督の作品という意味では本当に面白くて、女性の方が肝が据わってるみたいな見方もできる。ところで、ギャグはやはり大切で、刑事さんたちも事故ったものの無事でよかった。やっぱり笑える。

ピクニックのシーンは久々にシリアス味が帰ってきたが、謎のロマンス成分も加味されて、なんともいえない絶妙な雰囲気だ。一方で私は、彼らがチキンを齧ってるふりをして全然食べてないことの方が気になった。これはそういう演技なのか、それとも本当に食べなくてもいいやという謂わば雑な演技なのか、どっちなんだい? どっちもなのかな、こういうメタ部分でも笑える。

夜の花火のシーンもいいよねぇ、普通に良い。室内に射し込む光の加減がよい。美しいなぁ、楽しいなぁ。私は娘がソファーに腰掛けるまで、彼女の首元にある宝石に気がつかなかったし、実はそれは偽物らしいという展開に「くそーっ」ってなった。この一連のシーンは終わり方も綺麗なんだよなぁ。

一転、事件です。また人間関係が捩れる。お母さんが最高で、ここでジョーも簡単に素性を明かすのが面白いんだよね。お互いに人間としての度量をちゃんと測り切って、ジョーが腹を見せるには最低限度の信頼関係が築かれているんだよね。もう、お母さんの株はここからエンディングまでストップ高ですよ。マジで面白いから、マジで。

娘、娘の疑いは晴れやまず。一方の娘は葬式でキレ散らかすのだが、それをジョーはビンタするんだ。ふむふむ、これもクライマックスまで見た後だと、ニュアンスがハッキリする。「俺が面倒を見る」と明言するくらいには彼女のことを想っていて、愛していたんだよなぁ。悲しいなぁ。この時点で手を引けとも言っているニュアンスもあるのかな。

仮装舞踏会もなぁ、参加者たちはお洒落な恰好しているのに、みんな葉巻やパイプをスパスパやってて笑えるし、お母さんはやっぱり最高だし、宴会の終盤はもう乱痴気パーティーの後始末かみたいな画面が映される。つくづくギャグです。なんだけど、次のカットでは優雅な音楽に合わせて姫と黒マスクの男がしっとりと踊ってるんすよ。なんで従者と踊るんだよ、でもきれいなシーンなんだよね。落差で笑うわ。

すると、ここでね、突然音楽が止まって演奏者たちが退場し、カップルも退場する。最後には庭にいた刑事らが集合して、彼らも居館に戻っていくのだが、ここのシーンは手前の柱 3 本が 2 対 1 くらいの間隔で配置され、画面に間が置かれている。これがとっても舞台っぽいんだが、幕が変わって最終幕になることを意味付けているんだろうな。そういう画面作りだ。面白いんだよ。勘弁してくれよ。このシーンが 1 番好きかもしれない。

お母さんは深酒の結果なのか、衣装もそのままに寝こけている。やっぱり最高だ。

冒頭と同じ緑に光る屋根。いいぞ、いいぞ。真犯人とジョーの追いかけっこ、それを照らすマヌケな刑事たち、見守る娘と保険屋、一堂に会している。娘が愛していたのは、父だった。それ以外は要らなかった。いや、ジョーのことは愛していたのだ。だからこそ、彼らの結末はこのような苦いことになったのだ。

でも大丈夫。この作品はお母さんがちゃんと面白く終わりにしてくれた。

まじめな感想としては、以下の記事などが参考になりました。