読書:『海街diary』

吉田秋生の『海街diary』は話題になりはじめた2巻の発売くらいから完結まで追った。完結は昨年、 2018年の夏だった。思ったより時間が経っていない。何度となくたまに読み返していたが、基本的におもしろいことに変わりはないないものの、こちらのメンタルの状況によって重さが変化する。爽やかなようでいて、それなりに重たい。そういう配分がされている。この記事では、そういう話をする。

話の主軸としては、主人公:浅野すずが2年生から中学卒業までの2年間を父を同じくする鎌倉の香田3姉妹(幸、佳乃、千佳)と暮らしを重ねていく生活にあって、4姉妹の恋や愛を中心に彼らの築く人間模様が描かれる。

まっとうな人たちがまとまっていく

本作は、ひとことでは「まともな人たちがあるべき場所に収まっていく」作品で、少し回りくどく意地悪くいうと「まともな人間というものは存在しないかもしれないが、バランスの取れたコミュニティというものはあり、登場人物たちのコミュニティからバッドステータスな人間関係をパージしていく」作品だ。読んだことがある人からすれば身も蓋もない味気もない説明で、おもしろ味もない説明だ。

4姉妹の父、香田3姉妹の母、すずの母、すずの継母、いずれも心のタガが外れてしまっている人物たちである。作品の冒頭、父を失ったすずは継母に引きずられていた。3姉妹に引き取られることで、まずは主人公がそこから救済される。

長女の幸と次女の佳乃については、ここでは細かい説明をを省くが、序盤では抉れた人間関係に晒されている。次女は物語の序盤ほどで、長女は中盤ほどで困った人間関係から解放されていき、それぞれの新しい人間関係(ここでも恋や愛のこと)が終盤までに形成され、結実していく。

三女である千佳は、4姉妹のなかでは特異で、記憶のなかで美化された両親との歪な関係を除いて、始めから終わりまで真っ当だ。こういう配役になっている。と、まぁ、主に長女と次女にいくつかの踏み外しがあったものの、4姉妹は基本的には真っ当で強い。

本作の魅力は何か。主人公すずが中学を卒業するまでに人間的に成長する話かといえば、そうとも言い切れない。たしかに成長はするが、すずはどちらかといえば作中では強い人物で、弱点を強調するほうが難しく、彼女の成長物語として断じれるものではない。

それぞれが少しずつ成長する

では何なのかということをストーリーから順に説明することも避けたい。冒頭の説明の抽象的な言い換えだが、成長とは対話であり、相互理解であり、愛なのであると、てきとうなことを述べておけば容易い。

本作、鎌倉市に暮らす主人公たちのコミュニティ、中学校やサッカークラブ、病院、信用金庫、スポーツショップ、酒屋、食堂、喫茶店などを通して4姉妹を含めて描かれる登場人物たちが各々、少しずつ成長する。もちろん子供たちの成長もあれば、大人の至らない点の反省も数え切れないくらい含んでいる。コミュニケーションによって彼らの関係が少しずつ上向いていく。緊張が解きほぐされていく。予定調和的に、あるべき場所に、整っていく。こういう心地よさがある。

対話できない者どもをどうする

本作、上記に書いた心地よさがあり、ふつうにおもしろい。だが、最終9巻に収録された番外編「通り雨のあとに」を読まされたときの読後感の悪さが、物語の周縁から捨て去られた人たちを思い出させる。トラウマものである。番外編は、すずが東北の田舎に置いてきた義理の弟、和樹を扱っている。和樹は救済されていない。

あるべき人間関係、コミュニティの姿が認められるとして、それが成り立っていく様を見ているのは心地よい。諦められた人たちは、うまく退場させられていく。仕方がないことである。本編では、歪な関係を象徴する人たちは切り離されていく。
たとえば二ノ宮幸子は、事故のように、人質のように、不幸を回収しきれずに退場していった。だが、彼女の退場も新たな紐帯によって昇華された。彼女の死はあっけなく、はかなく、だからこそ美しいだろうか。

そして繰り返すが、和樹のコミュニティはバッドステータスのままである。少なくとも番外編で扱うには不十分で「どうしてこんなものを読ませた?」となった……。

まとめのような後味をつける

ちょうど『海街diary』を読み返した私が本文をつらつらと書いている折に、月刊フラワーズの2019年09月号から『詩歌川百景』が連載開始されたということを聞いた。その関連から、自分が『海街diary』を読み返すことになったような気もする。『詩歌川百景』だが、前述の番外編「通り雨のあとに」がそのまま舞台の物語のようだ。

その内容や進行、結果についてはわからないが、同じように人間関係の再生のようなものが描かれるのであれば、それが吉田秋生のテーマだということだろう。弱い人間の弱さの本質や、弱い人間の見せる強さ、あるいは弱い人間たちのあるべきコミュニティのようなものが描かれたら一層のこと美しい作品になるのではないかと夢想するのみである。

上記まで書いた内容をまとめている最中に思ったが、本作は割と女性向けのマンガの枠組みとしてはオーソドックスだったんだな。これと強く連想できる作品が思いつくわけではないので具体的な作品名は挙げないが、早い話「家族を作り直す」系の話の地域コミュニティ版だよね。もちろん、それをこのスケールで作話できるのは完全に作家の能力に拠るところだろう。

あるいはスムーズに話が進む版の『渡る世間は鬼ばかり』ではなかろうか、などとも思った。