藤本タツキのマンガをどう楽しむか

あるいは作品の話題の拡がり方について述べる。

『チェンソーマン』(第一部とされる)は楽しかったが、個人的には『ファイアパンチ』のほうが面白かったと感じる読者である私だが、『ルックバック』と『さよなら絵梨』を比べると『さよなら絵梨』のほうが好みではあるが、トントンというくらいだ。藤本タツキの短編を読んだことないが、テクニカルな描き方に誤魔化されているものの、扱うテーマは割とシンプルというか一貫しているというか。

爆発はわかりやすい

最新の『さよなら絵梨』については、最初にプロジェクターに映されて登場する映画のカットが《ファイト・クラブ》と推察されているが、今作の或る状況と 2022年 1 月に報じされた以下のニュースは無関係ではなかろう。現時点でどれくらいのひとが言及しているか知らんけど。

単純に時事ネタを引こうとしただけか、この問題を正面から扱いたかったかは考えを控えるけれど、結論としては「爆発したほうがいい」には違いない。「ファンタジーをひとつまみ」だっけか、作中のどちらの映画も、爆発さえなければ、ほぼドキュメンタリーだろう。あるいは、製作者側の用意した繊細なファンタジー要素なんて、鑑賞者からしたらほぼ無視されうる要素に過ぎなかろう。

という文脈でメタ的に捉えれば、結末は読者への苦いメッセージとも言えるか。

あだち充の後継者たりうるか

短編を読んだことないのでアレなのだが、近親者あるいは想い人の類の死にこれだけ縛られた売れっ子王道の少年マンガ作家、という立て付けの作家は他にいるだろうか。という意味で、藤本タツキはあだち充の後継者ではないだろうか。

というのは半分くらいは冗談だが、今後もこういう内容なのかね。描き方も変わらないで、それでも話題になり続けるとしたらスゴイことには違いないだろう。これは断言できる。これらをまったく扱うことがなくなって、それでも話題になるなら、これももちろんスゴイことだが。

テーマやモチーフの話、もう少し書きたいのだが、そうすると、多くの作家、マンガ家の作風とかテーマとか作品数とかを紐解かないといけないので止めておく。

いずれにせよ、作品の軸をうまく変えるのも難しいし、維持しつつ作品をたくさん生み出すのも難しいことに変わりないだろうから、この視点からも今後とも楽しみだ。

どうやって話題をさらうのか

ほぼ愚痴というかもどかしさがある。

『ルックバック』と『さよなら絵梨』の話題を強く伝播したのは はてブ と Twitter 、そこから派生して諸々のブログ記事であるように思う。『ルックバック』においては特定の表現がアレしたというのもあるけれど。

で、詳しく調べたわけでもなくて単なる印象なのだが、特に はてブ が気になっている。どうしてジャンプ作品がよく はてブ にあがるようになったのか、という話だ。

「そんな事実はない」で終わればいいし、藤本タツキの作品が「語りたくなる」「批評性がある」点に変わりはないのも確かだろうが、であれば、もっといろいろな作品が注目されてもよいだろうけれど、単純にそういう話でもないのだろう。

なんだかなぁ。

ところで昨今、コミックが爆発的に売れるにはアニメ化や映画化が前提になりそうだが、『チェンソーマン』はアニメ化は決まっているが放映時期はまだ決まっていないのかしら。

さて、藤本タツキは映画は好きだろうけど、アニメはどうなんだろうね。売れっ子マンガ家は大変だ。

ポチタ(のようなキャラクター)が楽しそうにしてるマンガを読ませてほしいっす。