ヒッチコックマラソンです。『ハリーの災難』《The Trouble with Harry》を観た。
あらすじを確認することを避けて鑑賞したが、のっけから異常な展開で笑ってしまった。映像としては冒頭のシーンがもっとも美しく感じらるといっても過言ではないのではないか。
観賞後に情報を拾い読みしたけど、一般的にはブラック・コメディとして分類される作品らしい。後半には、やや集中力が失速していって、全体としてはそこそこという印象に落ち着いたが、要所の描写などを思い返してみると、考えさせられる点がいくつかあり、それなりに興味深いなと思ったので、それらについて書いておく。
ブラック・コメディにしても登場人物の考え方や感性がややおかしい。異常といってもいいような気配すらする。ということで登場人物別にメモする。
ジェニファー
最初の夫が死んで、その兄である男-タイトルとなっているハリーだが-、と結婚し、それも死んだ。最初の夫の死因は明かされないが、次の夫の死因は心臓発作だ。最初の夫の死から、次の夫との結婚と死、作中でのサムからの求婚の受け入れと、怒涛の勢いだが、これってヒデェよな。ブラック・コメディだから許される設定じゃないよね、これは半分褒めてるけど。なので本作一、狂気を孕んでいるのは彼女だ。
死体に遭遇してしまった息子への態度も妙だし、なんなら同じ行為を 2 度もさせようなんていうのは完全に正気の沙汰ではない。黒すぎる。
アーニー
息子のアーニーも肝が据わっている。いや、やっぱり変なんだよな。一昔前の田舎だったら当たり前だったのかしらないけど、船長(アルバート)の狩ったウサギの両耳を担いではしゃいでいる画がもうキツい。サムの持ち込んだカエルと交換してもらうシーンもそれなりに怖いのだが、譲渡したはずのウサギをすぐに借りて(強奪だよ)、そのままマフィン 2 つと交換しにいく。自由奔放が過ぎる。
終盤で、バスタブに裸体で横たわっているハリーを確実に目撃しているはずだが、これもアーニーは軽くスルーする。気味が悪すぎる。
1950 年代のホラー映画のランキングなどをパッと眺めた限りなのだが、この時期はまだ子供が恐怖をもたらすタイプのホラー映画はあまりなさそうなんだけど、この映画のアーニーのようなイメージが、子供が恐怖の源泉となるホラーを生み出すきっかけになったのではないか、などと妄想してしまった。
ついでにメモしておくと、おそらく私が見てきたヒッチコック作品で子供がここまでちゃんと登場するのは初で、加えて次作の『知りすぎていた男』では、まるで真逆のように、まっとうな母親と子供が登場する。
サム
画家だ。まともな人間なのかちょっとネジが外れているのか分からないところがあるが、基本的には善人なようだ。上述のように、割と簡単にジェニーに惚れこんで、一晩でプロポーズまで済ませる。テンポが良すぎる。
この男がジェニーに何故惚れたのか。ジェニーのどこに魅力があったのか。ジェニーは彼女にまとわりつく男たちを次々と殺していくのではないかという恐怖がどうしても湧いてしまうね。ファム・ファタールだ。
私はこの男にも幸福は訪れそうにないように思える。コメディとは言うけど、なんというか全体的に不穏なんだよな-人が死んでいるのでそれはそうなのだけれども。
その他の登場人物
船長とアイビーはまだまともかな。船長に続いて、アイビーが登場した時点の彼女の態度で、話の半分くらいは予想できるんだよね。話がある程度まで進んだ時点で、埋めた死体を掘り返すというアイビーの意見は真っ当と言えばまっとうなのだが、別の視点が加わったら埋め戻すことにも簡単に同意するし、軸がねぇなぁ。このあたりはまぁ、コメディとして面白い。
グリーンボー医師も狂ってるけど、まぁ彼はいいや。読んでる本の内容などにはおそらく意味づけがなされているのだろうけれども。深入りしてはいけない。
ウィッグス親子は、この土地では最古の住人のように思えるが、なんとなく悲しい役どころなんだよね。カルヴィンのことを思うと、ツラくなる。このね、田舎なりの人間関係の粗密感というか、やりきれなさが潜んでいるのがね、そういう空恐ろしさが背後にあるんだよね。
『羅生門』っぽさないですか
インターネットでググる限りだと、ほとんど該当する指摘はなくて、「連想させられる」と書かれた記事は検索上位には何件かはあったが、これは私の勝手な思い込みなのか、どうなのか。
そもそも「ハリーの災難」の原作を知らないので、本作がどれくらい原作をトレースした結果なのかも不明だが、ややコメディ調に殺人の真相探しが進むのは、黒澤明の『羅生門』を完全に意識しているように感じた。
下記の参照した記事には、「この映画の宣伝のために、わざわざヒッチコックは来日した。」ともあったが、どれくらい確かな情報なのかは定かではない。
のちのち得られた事実があれば、追記しておきたい。
というわけで-も何もないんだけど、なんというか私は本作はブラック・コメディというよりは、ホラー映画に繋がるような不条理さを重点的に読み取ってしまったのであった。
Last modified: 2024-06-10