《ナイル殺人事件》(2022)を観た。監督が主演も務める。前作も劇場で観て、その流れで今作も観たわけだが、個人的には前作の方が入り込めた。今作はなんとなく展開も読めたし、ミステリーというよりは人間関係の不条理さを描いている面が強い。

「展開も読めた」と書いたが、つまり原作は読んでいない。人物の背後関係、プロフィールなどは整理されているらしいが、概ね原作通りではあるらしい。

映像としてはそこまで面白いってこともない作品だが、話の骨格自体は面白かったので、アガサ・クリスティーは凄いなと、身も蓋もないことをクライマックスあたりで考えていた。

気になったことなどを書いておく。

農民になるとは

冒頭の回想シーンと本編での会話から、ポアロは「農民になる」という。いろいろな疑問が付きまとった。

まずは訳語についてだ。 “farmer” を「農民」としたワケだが、これは割と違和感が大きかった。時代背景として「農民」としたのだろうか。なぜ「農家」じゃいけなかったのか。あるいは私の感覚がずれているのか。

で、ポアロシリーズに詳しくないのだが、これ、冒頭の回想シーンの字幕の雰囲気だと彼が農民(農家)出身のように受け取れてしまった。そういう雰囲気でやり取りがなされている。実際、他の鑑賞者でも「ポアロが農家出身だとは知りませんでした」という感想があった。

で、それがそのまま 2 つ目の疑問になる。私の勘違いならすまない。

少し調べた限りだと、原作においては彼の実家が農家だということもなさそう。おそらく追加された設定で、これについて怒っている雰囲気の感想も見た。もし、設定が追加されたものだとすれば、どうも次回作の構想への伏線ではないかなとはなるが、スマートとは思えない。

それにしても「農業をやる」とか、それくらいの訳出でよかったよなぁとは思う。

ワニは鳥を、魚は小魚を

船が出港したというあたりの、ナイル川を往く船を中景くらいから映すカットで、河岸の岩場に留まっていた鳥が水中からワニに襲われて捕食されていた。さりげない。ちなみにナイルワニという種類なんでしょう。エジプトでは神聖視されることもあったとか。

もうひとつ。事件の発生後に凶器が河に捨てられたのではという経緯でか、何度か水中が映される。そのひとつに河底で小魚がそれよりも大きな魚に捕食されているカットがあった。なにかと入念だなと思った。

気が付いただけでも 2 つの状況で捕食シーンがあったわけで、何をか表したかったのか、このことを引き合いに何かしら考えられなくもなさそう。本作のテーマが「愛」を指すのであれば、その象徴がこれらの捕食で表されるのか? ということは言い放てるけど、概ね謎だ。

客船めっちゃかっこいい

カルナック号というらしい。この船が 1 番観る価値があったんじゃないかな。実際にモデルを建造してそこで撮影したらしい。メチャクチャ豪華で、壁面がほぼガラス張りの船体は、作中でも見事に映えていた。美しかった。

1930 年代当時にこういう船が可能だったのか、実際にどういう雰囲気だったのかはよくわからないが、それなりに嘘はないんだろうなと信じたい。船体後方の居住区はおそらく部屋のランクが 3 つほどあるんだろうけど、最大で何人くらいが寝泊まりできるんだろうね。

話の都合かしらんけど、クルーは夜間時間帯は船外へ帰っていくというのも笑っちゃう話で、当時なら有りえたのか? 流石に無いように思うけど、原作ではどうなっているのだろうなどと、余計なことを考えてしまった。

風景その他がチャッチイかどうか

ほとんどが CG まるだしで、みたいな話があった。CG によって補完された風景なりシーンなりを批判的に捉えているひとがチラホラといる。彼らの言うこともわからないではないが、個人的には代案も無い。批判してるひとだって埃っぽい画面が見たいとか、1930 年代なりのボロッ臭さが見たいとかってわけでもなかろうし。

まったく同じとは言わないが、以前の大河ドラマでリアリティ寄りに演出や美術を設定したら批判されたことがあったよね。似たようなことの反面ではないか。突き詰めたらキリがない。


思い返してみれば、冒頭からいやに性的な暗示が多いなと思ったが、まぁそういう作品だったな。犯人グループは目的を達成するための擬態を半年以上も続けていたらしいので、たしかにこれは愛のなせる業だなと思う。どちらも耐えられないだろうし、そういう意味では彼女の、あるいは彼の狂気は演技ではなかったのかもしれない。

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