From Clay to Crystal|《アジアのうつわわーるど》

五島美術館で開催されていた《アジアのうつわわーるど》展を見てきた。昨年のことだ。二子玉川に寄ったという記事を先日アップした。その続きだ。その日の用事を終え、観光地はないかと検索した結果の訪問先となった。二子玉川の駅からは徒歩で 15 分ほどだろうか。

本展の趣旨としては、そもそも町田市立博物館という施設がある。それがリニューアルを前提に閉館され、所蔵品である陶器類、ガラス製品類を見せようという企画となったらしい。そのなかでも中国、東南アジアの収蔵品は世界でも数えるほどのラインナップとのことだ。展覧会には正確には「町田市立博物館所蔵陶磁・ガラス名品展」という副題がついた。四部構成となっている。

中国陶器 鑑賞陶器

「鑑賞陶器」とは主に観賞用に製作された陶器らしいが、国際的に有効なカテゴリーなのか日本国内でのみ通用する視点なのか。どうなんだろうか。 つまるところ、墓所に収められた陶器だとか、人形だとか、実用品ではなくて飾りとしてして作られた壺だの皿だとかである。ところで、下記の枕のように実際に使われていたとしても不思議ではなさそうな器もあったので、カテゴリーの範疇が、よくわからない。

No.7 三彩牡丹文盤

遼で作られた器らしい。色合いが濃い黄色と外側の縁のあたりは緑色かな。図録で見ると、外縁は黒様だが、直接にみた時は緑色だったと記憶している。逆さに窯入れして焼く方式だそうで、内と外の黄と緑の釉薬が接する面で垂れるような状態になり、仕上がりとしては、ちょっと盛り上がった形になっているとか。とにかく濃い黄色がよかった。

No.10 白釉鉄絵草花文枕

変わり種の焼き物というか、文字通りの枕。結構、首の位置が高くなる大きめの仕上がりだ。大男が使うとちょうどよかったのかな? 上述のように、これを観賞用というのは無理がある気がするのだが、どうなのかな。鉄絵具で描かれた図案が美しい。

中国陶器 貿易陶器

こちらはカテゴリーの由来がハッキリしている。中国で製作されたことは確かだが、中国以外で見つかった、つまり交易品だったろう陶器類だ。これもさまざまな年代と思われる出土品があるが、西は東アフリカまで確認されたそうな。

No.23 青磁双魚文皿

小ぶりだったが、見込み、皿の底に魚がプクッとさりげなく浮いている。どこかで似たようなのを見たことがある気もしたが、目に留まった。南宋から元時代、13 世紀ごろの品だろうとのことだった。子宝的なモチーフらしい。実際に使うには、水なりスープなりの液体を入れるんだろう。

No.27 青花束蓮文大盤

「蘇麻離青」という顔料を使っているらしいが、これはイスラム圏から輸入したそうだ。というわけで、イスラム美術っぽい青色をしている。というイメージで伝わるか知らんが、そうとしか言いようがない。この美術品が逆にイスラム圏に輸出されたりしたらしいので、それはそれで面白い。

東南アジア陶器

1 番面白かったというか、発見があったというか。 タイの窯が割と活発だったのがおもしろい。あとはミャンマーかな。欧州やアラブで流行した青い釉薬を生かした技法があり、それは他の東アジア地域では使われていなかったものの、ミャンマーには伝来していたことが確認できている、らしい。中東圏が当時から東南アジアに影響を及ぼしていたという事実がよくわかる。

ベトナム

特に中国と隣接が強いので、技術も流れてきやすかったという面はあるようだった。展示物にはいくつかボテッとしたスタイルの壺が展示されていた。あとは前述の蘇麻離青による彩色がある。中国とは異なり、画題は花に限らないのがポイントのようだ。

クメール

現カンボジア地域の窯とされる品々ということだが、文化圏とエリアが他と重複しがちなので「クメール王国」としてまとめたらしい。丸っこい象型のツボ、兎型のツボなどが印象深い。いずれも神聖な扱いをされたとかだっけな。ヒンドゥーの文化が混じってる、みたいなことを言われると、たしかにそんな気がする。

タイ

クメールとは逆に、いくつかの地域と時期でさまざまな王国と文化がガチャガチャしていたらしいが、ここはタイとしてまとめられていた。窯の名前が印象的で-つまり地名だろうけど、シーサッチャナーライ窯とスコータイ窯という名前が魅力的だ。これらの窯の品が多かったが、スコータイ窯のシンプルな品が個人的には好ましかった。こちらも文様は、鉄絵具で描画されている。

そのほかの窯の品もそれぞれに特徴があった。鉄絵唐草文碗というのが小ぶりで文様も可愛く、お茶碗としてふつうに使えそうで、持って帰りたかった。

ミャンマー

陶器製のタイルの展示がメインだったか。8 世紀頃からあったらしい。インドだとかインドネシアだとかを連想させられる。というのも仏教的なモチーフが採用されている。これが特徴ではあるらしいことは確かで、こちらも中国の影響というよりは西側、南アジア圏の影響が強かったんだろうな。東京国立博物館の東洋館の初っ端あたりの展示物に、こういうタイル様の仏教建築の一部なんかがあるイメージだ。

中国ガラス

分厚い色ガラスを削って紋様なりイラストなりにする。見ればそのままだが、色ガラスの製品を目にする機会が少ないので、一見だと謎の技術に見える。手が込むと、たとえば白い層と色のある層の 2 種のガラスでできており、色の層を削り切って白い層が目に見える、みたいなことになる。このガラスの色が毒々しいというか、艶めかしいというか、すごい作り物感がある。青や赤も十分だが、黄が特に力強い。

「鼻煙壺」(びえんこ)と呼ばれる嗅ぎタバコ用の小さな壺たちもたくさん展示されていた。17 世紀に欧州で流行った嗅ぎタバコが中国本土でも流行したらしい。ふーむ。これらも形状が特殊であったり、いわゆる吉兆のモチーフが描かれたりと、バリエーションの豊富と細密さには目を奪われる。

上述のガラスを削る技法は使われているが、彩色するパターンもあったようで、さまざまであった。