ひとたらしとひとはいう|《アーヤと魔女》

宮崎吾朗監督作品《アーヤと魔女》を観た。スタジオジブリである。なかなか評判が芳しくないような印象があるが、私は本作はかなりすてきな佳作だなと。ふつうにおもしろい。奇を衒ったところがなく、これが私としてはよかった。

キャラクターとそのデザインについて

ポスターや静止画でこれほど映えないのが驚きだ。

いや、なんかキービジュアルに使われているポスターの 3DCG 、少し古い作品みたいな照り感というか、立体感というか。個人的には印象がいまいちでした。

実際に、動いているシーンを見るとネガティブな印象はどこへやら。ポスターのあれ、技術的な詳しいことはわからないけれど、やっぱり光り方がイメージを損ねているように思う。作中の光と影が作り出す明暗は、そこまで不自然でもないし、特に暗闇に光が射すあたりの表現はよかった。

目のコミカルな表現が全体を通しして見ないと不気味だ。

これもね、劇場広告やトレーラーなどでアーヤの変な目つきが悪い意味で、とても気になっていて、はっきり言って不細工だし、彼女の性格もよくわからない状態なので、どうしてもネガティブに感じている自分が居た。

これも鑑賞すれば、これくらいのデフォルメで感情表現をうまく操ったなと。アーヤ自身について言えば、いい人間でも悪い人間でもない。そもそもまだ子供だ。腹黒さがあるようだが、悪を志向しているわけでもなく、少女なりに逞しく、生き生きとしている。

ときどき見せられる少しいやらしい、悪びれた目つきは、言うまでもなく彼女の怒りや企みを表現しているわけだが、そこにはそれなりの理由があって、それも受け入れがたいものでもなく、要所で使われる分には楽しめる範囲だった。年がら年中あの目つきをされてはたまらない。

なので、結果的には本作の広告の出来は、あんまり良くなかったのではとなった。

ごく自然な 3DCG アニメーション

別に専門家じゃないし、1 回鑑賞しただけだし、そこだけ注視していたわけでもないので感覚的な話に終始するが、いくつかの感想を眺めるに「動かさせられているだけに見えた」みたいな意見が多かったので、異論を残しておきたい。

冒頭、園で閉鎖された鐘楼に登って丘の向こうの海を眺めるシーンがあった。アーヤは不安定な足場にフッと立つのだが、このシーンがよかった。まぁ、危ないんだよ。子供には当然やってほしくない。落ちかねない。そういう怖さがあった。

何を言いたいかっていうと、細かい所作が、いわゆるジブリアニメーションの系譜にちゃんと乗ってるなと感じた、という話だ。

こういった特に 3DCG として動かすためにデフォルメされた 3DCG キャラクターを駆使したアニメーションは、すっかりディズニーやピクサーの作品ばかりな気がするけれど、それらに近いところの派手な動きはかなり抑制されていて、それこそ超常的な現象を描写するシーンなどに留められていたのではないか。

矜持を感じる。

その他のことなど

話そのものは、おもしろいなというくらいで可もなく不可もない。聞くところによると原作は作者が亡くなってしまったため、そもそも中途半端な状態で終わったようだ。で、今回は脚本には出来るだけ手を加えなかったそうな。なるほどね。

アーヤの名前がひとつの味噌になっており、魔女でもあって、みたいなところだけど、原作在りきとはいえスタジオジブリの作品は、このセッティングを使うのがつくづく好きだよね。

3DCG で造形されたキャラクターたちだが、園の料理室のコックの男性と女性の 2 人は、宮崎駿というかジブリというか、という絵柄の雰囲気が残っていたね。

そんなところだろうか。

いや、しかし、余白とされた部分を見てみたくなったし、エンディングから先の話も気になる。おもしろい作品体験だった。