身体からチカラを抜いて浮かぶ|《子供はわかってあげない》

《子供はわかってあげない》を観た。青春映画を立て続けに見たが、こんな夏はかつて無かった。よい体験だった。

原作コミックは田島列島の『子供はわかってあげない』だ。既読だったが、鑑賞が終わってから確認して気がつく。2014 年の作品っぽいので許してください。再読中も既読か否か怪しんだが、奇しくも映画できれいにカットされたエピソードが読書体験を思い出させた。

いろいろと感想を見ると、原作が生かされていないという意見も少なくなかったが、映像への翻案は上手いといわざるを得ないのでしょう。いくつか原作で提示のみであった設定や伏線がうまく回収されたし、さりげないセリフを印象的に活用するなども見事で、個人的にはすごく満足だ。忘れていたヤツがどの口で、ではあるけれど。

まずは、カメラワークなりと演出なりで気になった箇所の話をする。

サンダルとかケータイとか

冒頭箇所で、プールに入る直前にヒロイン:朔田美波は、履いていたサンダルを脱ぐ。着水後、泳いで往復してプールから出る。直後に、友人とプールサイドを歩いて離れていくが、この時点ではサンダルは履かずに歩いている。手にも持っていない。いや、サンダルどうするねん。誰かが移動したとも考えづらいし、気が付いてしまうと奇妙だ。

あるいは別のシーンで、居間にいたヒロインは母親に声をかけられて、そこを出る。サイドテーブルに置いたケータイはそのままになっていたハズだった。ところが、次のシーンでは、彼女はそれをちゃんと手にしている。取りに戻ったのだろうと想像することもできるが、一連のつなぎとしては違和感が残る。気が付いてしまうと奇妙だ。

なんだろうね、これは。

モジくんについても似たように指摘できるシーンがあった。サンダルを履いて駆け出したら、次のシーンではスニーカーに切り替わっている。が、これは裏の入り口から表玄関へ移動して、その際に靴を履き替えたとみて自然だろうから、そこに違和感はない。

ほかにも何かあった気がするが、あまりその辺の整合は気にしないのか、フックとしての演出なのか、ようわからん箇所がいくつかあった。

アニメーションからリビングへ

冒頭、アニメーションから入る。入場したスクリーンを間違えたかと焦る。はっきり言って本作最大のネタバレ案件だろう。このアニメーションのクライマックスに至ると、それを映すテレビと居間にシーンは移行して、ヒロインは父と一緒にそれを鑑賞している。2 人はエンディングを歌う。

アニメーションだけで 5 分ほどあり、その後の家族の夕餉に至るまでの騒動を入れると さらにそこから10 分ほどが費やされただろうか。廊下と台所、居間などが輪になった構造なので、家族がどちゃ騒ぎしている様子をボーっと眺めていられる。掃除ロボットが動き始めたのも面白かった。この家族は仲がいい。幸せな家庭だ。

父と娘

ほとんど記憶にない実の父、幸せな家庭を支えてくれている今の父がいる。本作では前者である実の父との関係の修復のようなものが話の主題の半分以上くらいを占めているが、古舘寛治が演じる今の父のさりげない存在感がよい。もともとヒロインのアニメ好きという設定もこの父に由来するような設定がある。

原作は今の父の存在感が割と薄めだったが、映画ではなるべく丁寧に存在感を残していた。これは本当に絶妙だった。

カメラと視点のいろいろ

長回しが割に多い

冒頭の家庭のリビングのシーンもそうだが、長回しがちょいちょい入る。個人的には父の家での滞在が終わるシーンが印象深い。

画面右奥に位置する指圧治療院の先生の家から親子が出てくる。父の家の手前でメンツが揃う。少女から美波へ、水泳教室のお礼の絵が渡される。受け取った美波は、それぞれと挨拶を済ませ、左手奥へモジ君と 2 人移動して帰路へ着く。その場に残された父は、平屋の家へと戻り、購入したアニメ DVD の鑑賞をはじめる。玄関の扉は開いたままだ。余韻がある。

泳ぐ一人称視点

冒頭のプールでのシーン、GoProかなんか知らんけど、美波の視点になってプールで泳いでいる一人称視点になったのはなんだったのか。お遊びのカメラ回しのようにも思えるが、主役を意識づける仕掛けみたいだったのかね。水中にいること、その表現にどれだけ重きがあるか。

天井を覗く

モジ君の教室を外から覗く美波。モジ君が生徒に竜が実体化して天井を突き破って云々みたいな話を披露しはじめると、庭に佇んでいた美波も屈んで天井を覗くように視線を上に伸ばした、気がする。

なんならこの映画で 1 番好きなシーンといってもいいかもしれない。実際にそんなに声が聞こえるのかも疑問だし、そもそもそこから覗いても見えんだろうという気もするが、このシーンは美波がモジ君に惹かれているニュアンスを強めつつある箇所で、塩梅がよいのである。

プールの360度

これもカメラの遊びなのかわからないが、夏の大会で応援席にいるモジ君と彼の兄を映したシーンからカメラが徐々に離れていき、会場をグルっとひと回りする。ドローン撮影なんだろうかね。ニュアンスがわからないけれど、まぁ。

ちなみに、彼らの生活圏、広がる景色から埼玉県南部だろうなと思っていたが、クレジットを見る限りだと川口市あたりらしいようなので、勘は大体当たった。

お茶を出す女の子

実の父の家を訪ねて最初にシーン。先生のお孫さんの女の子が茶菓子を出すシーンがある。このとき、カメラは出された茶菓子側から女の子の顔を正面にするが、彼女の視線は茶菓子に向いている。彼女は、相手に差し出した茶菓子を凝視している。これは緊張ゆえか、子供なりの戯れなのか。おもしろいですね。

ちなみに、このあとくらいに湯呑に入ったお茶の水面がアップされるが、これって冒頭のアニメの最初のカット、場末の居酒屋でなみなみと注がれた酒の水面と同じ構成のカットになってて、物語が重なり合う仕掛けになっているのよね。ベタとは言えるかもしれないが、芸が細かい。

海岸での邂逅

モジ君が海岸で美波の名前を書いて、途方に暮れたところ、カットは上空からの画になって砂浜3、海7くらいの割合で映される。なんだかようわからないが、画面右下の海面にあきらかに変調がある。予感させられる。

このシーンもバカバカしいけど、好きだ。美波は素潜りでもしてたのかね。

ミルフィーユのようにする

本作の焦点でもあるのだろうけれど、これ原作だとどれくらいニュアンスがあったかな。実の父が説明するには彼の能力は自分の意識を薄く延ばして、他人のそれに滑り込ませるみたいに言う。

結局のところ美波も最後までそれを真に受けていないように見えるが、クライマックスでの彼女の所作は、まさしく父の教えを意図せずにだろうが、実行しようとしたようにも見える。それが別に、状況としては能力と無関係の所作としても、そこまで不自然な行為でもないのも味噌だろう。

まぁ、なんかもっと深読みするとしたら、このへんなんだろうな。いや、楽しい作品でした。