ソファーに蹲って眠るのは気持ちがいい|《彼女来来》

《彼女来来》を観た。平日のレイトショーの映画が処によって再開していることを思い出し、ひさびさに何かを見ようかなと、結果として本作をとった。これといった前情報もなく、一応あらすじと SNS の評価を軽く確認した。

本作は「日常系」「不条理」のどちらにも該当する作品に思えるが、序盤こそ後者の印象が強かったものの、段々と前者のイメージが強まっていくという不思議な体験がある。そこがミソだ。

マリAの消失は超常的な現象ではなくて、それなりに理由があるように見せられているし、実際にそういうことなんだろう。この部分の日常性が、マリBの不条理さを際立たせる。

このマリBは、完全に不条理の産物であり、最大の問題児だ。本作は彼女の不気味さ、そして日常への彼女の侵略が重要だが、逆説的には正にそれこそが日常、この移り変わりそのものがテーマと言ってよかろう。

コップをさ、どこに置くかさ

主人公の紀夫は左利き、マリAは右利きだったと思われるが、冒頭の食卓で対面した 2 人の手元のコップは同じ方に置いてあった。画面の手前側、つまり俊夫にとっては利き手、マリAにとっては逆手側だ。これ、個々人の感覚、あるいはタイミングによっては、食事中の飲料をどちらで取りたいという変化もあろうが、気にはなる。

ところで本作では、コップが割と登場する。マリBはシンクにあったコップを勝手に使うし、なんならトマトジュースを満たしたそれを床に落とす。嵐のなか、パスタを食べる紀夫はデスクまで水の入ったコップも一緒に持っていく。

諸々を経た後の食事のシーンでは、それぞれのコップはそれぞれの利き手側に置かれていた。序盤から気になっていた配置の妙が、マリBと囲んだ食卓にあるコップの配置によって、なぜだかホッとさせられた。

マリBの怖さ、あどけなさ

不条理のマリBのホラー感、不快感は最後まで拭い去ることはできないものの、それがただそのままだったら、本作は失敗なわけで、いつの間にか居ることを許してしまう。もしくは望んでしまっている。そして当たり前になっている。

このマリB、いやぁ上手いよなぁ。紀夫はよく耐えたよ。怖いし、ムカつくし、怖いし、怖い。ファム・ファタールというイメージでもないが、魔女の魅力などでもない。庇護欲をそそるみたいな雰囲気も演出されていないし、ただ居る。いや、あくまで彼女の魅力は抑制的でなくちゃならんのだろう。

それでも居ることが許される存在になってる。

クライマックスで川辺に向けている彼女の視線のニュアンスがまだよくわかっていないのだが、このとき彼女を背後から捉えた紀夫の視界には、マリBの後頭部が見えていたはずで、これがまた憎い演出である。

後頭部のさ、仄暗さがさ

マリA、マリBの表情は、画面の明暗によって映されないシーンがいくつかある。表情が読めないということでもあるのだが、これは同じように、いくつかのシーンで映されるマリBを背後から映したイメージにも当てはまる。

マリAはストレートヘアで、マリBは若干パーマだろうか、ウェーブがかかっている。マリBはシーンごとにちょっとずつ雰囲気が変わるんだが、このへんのニュアンスの変化が楽しい。彼女のイメージの変化をもっとも表現していたのは、表情やそのメイクアップよりも、髪の雰囲気な気がする。

エンディングの直前の日常シーンでは別の女性、あるいはマリAの幻想も登場した。なにかと俊夫は女の、女たちの後姿を追っている。

服装のさ、清潔感のさ

俊夫のシャツはパリッとしていて、いくつも着ていてオシャレ感がある。アイロン掛けしているシーンもあったな。マリBは 2、3 着くらいしか着てなかったんじゃないかな。相対的に清潔感が無かった。

それと言うのも、そもそも本作では、お手洗いを使うシーンは一瞬だけ出てくるが、お風呂場などはまったく映さない。川やら嵐やら画面は少しばかり湿っぽいことが多いのだが、台所のシンク以外はほとんど部屋からは水気を感じさせられない。

別にシャワーシーンなどを見たいわけではないが、ちゃんとこいつら風呂に入っているのか? と不安になるのである。実際、俊夫は何度かは為すすべ無くてそのままベッドにダイブしたりしているでしょ。この辺の絶妙な気持ち悪さもよく出来ている。

その他のことなど

「俊夫がキライ、気持ちが悪い」という感想をいくつか見た。いや、わかる。特に序盤から中盤までの俊夫はなんだか中途半端でとにかく気持ちが悪かった。思い返すと何故だかよくわからないが、マリAへの態度にもなにか鬱陶しさがあった。そうなると、マリAの失踪も納得できるか?

似たような感想として、「男の願望っぽい」という感想もふたつ以上は目にした。すごく大事にしていた彼女が行方不明になっても、なんだかんだで得体の知れない新彼女に乗り移ってるあたりを指すのだろうか? であれば、別にそれは少なくとも「男だけの願望」の結果とは言い難いような?

ただまぁウンザリするよね。

いろいろと書いたけど、コップの役割とお風呂場を映さないのが気に入った。あとは俊夫の陰は横から映されていて、生唾を飲んだのもハッキリとわかったカットなどがよかった。居間兼寝室から隣の部屋へカメラがスーッと逃げていって開いた窓でレースが揺れているのは、アレは何だったのかね。

そういえば公式サイトの URL が格好よくて好きですね。