異常性の脆さと愛嬌が残したもの|『見知らぬ乗客』《Strangers on a Train》

ヒッチコックマラソンです。『見知らぬ乗客』《Strangers on a Train》を観た。原作がある作品だが脚本にはレイモンド・チャンドラーなんかが参加してるのね。原作者も有名なパトリシア・ハイスミスだ。

サスペンスというよりは、ある異常者を描写した作品という印象が強い。世評はよいみたいだが、どこに面白みを見出したらいいのか、やや困った。『舞台恐怖症』ほどではなかったが、話の焦点がよくわからない。

ミステリーのテーマとしての「交換殺人」はわかるが、本作のように一方的な態度表明そのもので成立するのか甚だ疑問で、そもそも本作ではまったく成立していないので、ここに作品の主軸はないようにも感じられる。

繰り返すが、異常者ブルーノに翻弄される主人公ガイのテンヤワンヤ(というほどでもない気もするが)の物語といった印象だけが残る。「なんでこんなことをしなければならないのか」という理不尽さは巻き込まれ型の物語の典型だが、その理不尽さがブルーノの異常性とうまく相乗してるとも思えず、心地よさが少ない。

そもそも殺されたミリアムとバーバラが似たような瓶底眼鏡をしていた時点でイヤな予感がしたのだが、使われ方も雑というか、バーバラを凝視した直後にパニックで倒れるブルーノとか、どうなのさ。『白い恐怖』などで演出された記憶喪失に伴う精神的負担などがあれば説得力もあろうが、そもそも謎の行動力をもったブルーノが、バーバラの眼鏡に動転する意味が特にない。異常者にしては頼りない。

ガイのアリバイになりそうだった大学教授も、証言しなかったことに理由があるのかと思ったら伏線というワケでもなく、何も回収されない。脚本がぐちゃぐちゃになってるのじゃないかとすら思ってしまう。

また、ブルーノの殺意の対象だった彼の父親は、母親に比してまともな人間のようだったが、彼も出番少なく、なぜブルーノが異常に毛嫌いするのか-これは想像力を働かせることはできるが-、よくわからないままに終わった。

ライターを落として拾うまでのシーンも緊迫感というか、ブルーノのちょっとしたドジっ子感のインパクトの方が強くて不思議だ。これも時制にどれだけ計算がなされてたのかも不明だが、ガイが遊園地でブルーノに追いつけたのも割と疑問だし、何かと心残りが多い。

過去作においては無視できたプロットの粗さが、世界観の築き方が理由だろうか、どうしても無視できないことがここ数作品にはあるような気がする。

とはいえ、最後のメリーゴーランドが暴走してダウンするまでのシーンと、ガイとブルーノの格闘シーンは、なんというか大したことはないのだが、微妙にドキドキとさせられたのは流石というか。

ブルーノがガイに愛の告白のようなことを放ったのは一体何だったのか。それがどのようなタイプの愛だったのかは不明だが、やるせないね。いくつかの情報を見てみたら、ここらの時期の作品にはそういった描写が割と多かったらしく、『ロープ』のブラントンとフィリップもカットされた部分では、そういった関係だったことが示されていたらしい。

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