観客を除くとき、観客は除いているか

毎日新聞で記事になった野田秀樹さんの意見書が少しばかり話題になった。スポーツを引き合いにした表現と受け取り側の齟齬に過ぎないが、スポーツ陣営と演劇陣営でしょうもない諍いになっており、非常におもしろくない。

結局のところ、プロスポーツで無観客試合が現状で成立しうるのは、一時しのぎが利く段階であるからに過ぎず、その体力も野球やサッカー、あるいは相撲などに限られた話であろうし、シーズンが本格化する前だからというだけだ。各々のスポーツ、チーム、選手の熱心なファンは、現地で試合を見たいというのが心情だろう。

ところで、無観客というキーワードを引き合いに出すと、先日はナンバーガールが無観客ライブを配信していて話題になっていた。

あるいは、もっと直近の例だとこのような事例もあるようだ。取り上げられている投げ銭の額などの真偽については慎重に見るべきだと思うが、内容を真に受ける限りでは成功だろう。

昨晩のニュースだが、以下のような試みもあるようだ。

いろいろな態度や試みがあるようだが、どのあたりが興味深いかね。野田さんの意見書に反映される根本的な思想はわからないが、スポーツ、音楽ライブ、演劇、オペラにかかわらず、現場、臨場でしか体感できない感覚は各々にあるはずでそれは人間がなにかを表現するということが基本にあるはずだ。

ところで、スポーツが他と異なる文脈を持ちうるとすれば、1 番に挙げやすいのはリーグ制という点で、1 回の試合ですべてが終わるわけではないというところだろうか。ただそれも所詮は外野の意見に過ぎないようにも思える。たとえば、無観客で行われたプロ野球の試合が、引退前の先発投手の達成した完全試合になる可能性もあるわけで、それはとても再現性も低ければ、並一通りの試合とは呼びづらくなるだろう。

そういえば映画館は、途中の 30 分ほどまで流しても座席が空いたままだった場合は上映を取りやめるらしい。なるほどなぁ。