映画:《ファースト・マン》

《ファースト・マン》を観た。デミアン・チャゼル監督とライアン・ゴズリングのタッグということで《ラ・ラ・ランド》に続く作品か。

宇宙開発モノの作品というのは、SFを含めて途切れずに制作されるものだなぁ。NASAを取り扱った作品としては《ドリーム》(Hidden Figures)が話題になってたね。

不安のクローズ・アップ

デミアン・チャゼル、こんなにクローズ・アップが多かったのか。

《ラ・ラ・ランド》ではそこまで印象にない。今作では辟易とするくらい多い。役者に対してカメラが非常に近いか、クローズ・アップか、ほぼどっちかという感じで圧迫感がすごい。ニールの個人的な物語、葛藤、ストレスということだろうか、視聴している側にもかなりストレスになる。顔にせよ、全身にせよ、きれいに画面に収まることのほうが少なく、不安がちらつく。

逆に、風景の画面を含め、ロング・ショットなどはほとんどない。

オハイオ州時代の自宅、ヒューストンの NASA 本部、深夜での同僚との別れ、ロケット発射台、飛翔シーン、航行シーン、月面。主にはこれくらいしかなくて、どれも1カットとかばかりなので、逆に印象に残ってしまっている。風景なんかは、幕間のイメージなんだろう。飛翔シーンなんかは、ちょっと場違い感すらある情景であっけにとられた。美しかったけれどもね。

キャストはあまり覚えていない

キャスト、印象に残っているのは、2人だけかな。あとは、一緒に月面に着陸したオルドリンと、亡くなった同僚であるガスくらいか。

阿修羅・ニール

ニール・アームストロング。 俳優はライアン・ゴズリング。作中で3回くらい年代が飛ぶのでメイクが変わる。同一人物だと一瞬、ちょっと分からない感じだった。真ん中のときが普段のライアン・ゴズリング感があり、最後は渋めになる。

娘を失った喪失感をどうにか清算したい、一方で宇宙開発の過程で亡くなっていった同僚パイロットたちに報いたい、本作のニールのモチベーションはこの両輪で走っており、これは言うまでもなく死がモチーフになっている。自然と命にあふれるオハイオ州で亡くなった娘、地球から離れた月という不毛の地に降り立つニール。この両極端な情景が映画の冒頭と結末を飾っている。分かりやすい。

ライアン・ゴズリングって何がいいんだろうな。なにか安心させられるところがあるんだけど、どこから来ているのだろうね。

安定を求めた結果がこれだよ

ニールの奥さん、ジャネット・アームストロング。 俳優は クレア・フォイ。美しい。そばかすだらけの二の腕が美しすぎて、前半はそれだけで楽しい。同じことを他の映画でも思ったなと思ったら《ミレニアム 蜘蛛の巣を払う女》でも彼女の二の腕が美しかったのだ。まさか同一人物とは思うまい。私は彼女の二の腕のファンだ。

娘の死はニールの個人的な苦悩として描かれており、家族とは共有されていない、という演出となっている。これは、家族との隔たりを明確にする意図によるものだろうし、それだけクレア・フォイの演技は難しくなると思われる。彼女はあくまで現在進行形の生活を象徴するので明るい側面を担う。だからこそ、ニールが死に最接近するラストで、ニールとジャネットはやっとのことで交流し、そしてエンディングでは、生と死を渡ったニールの帰る場所になるのだが(ベタだねぇ)。

関連作品

鑑賞中に思い出した作品など。

《メッセージ》

娘の死というモチーフが類似していて宇宙関連モノということで鑑賞中に何度も頭をよぎった。子を失う親の物語というのは、いくらでもあるものだが、それだけ人生の一大事なんだろうね。いや、ていうか、ここのところその手の作品ばかりな気がしてきた。

《ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書》

アポロ11号の月面着陸が1969年、《ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書》(2017)で描かれた事件が1971年なので、同時代のアメリカ合衆国での象徴的な事件だという点はおもしろい。なお、どちらもスピルバーグが携わっている作品である。