『ルーブル美術館の夜 ― ダ・ヴィンチ没後500年展』を鑑賞してきた。上映中の映画を漁ってたらたまたま眼に入って、一応、レオナルド・ダ・ヴィンチのファンではあるのだが、なんとなく見てきた。面白かったには面白かったが、映画としてみたときの全体のパフォーマンスとしてはどうかなぁ、と偉そうなことを文句をたれつつ、前半の終わりから中盤はウトウトと寝落ちしたので、中途半端な体験および感想となる。
2019 – 2020 年にフランスはルーブル美術館で開催された「レオナルド・ダ・ヴィンチ」展について、この展覧会のキュレーターであった 2 氏の解説付きで展示物を読み解いていくという内容だ。本展、準備段階から実施に至るまで 10 年以上の歳月を費やしたそうだ。大変なことだ。
美術館の閉館後、誰もいないフロアを贅沢に使って、専門家のやり取りを拝聴できるというところがウリなのだろうけれども、それが夜である必要がイマイチわからなかった。別にそこに期待しているわけでもないので、いいっちゃいいのだが。
冒頭とエンディングで、おそらくドローンによる美術館全体の空撮が、エントランスのガラスのピラミッドを中心として、「四分の三正面」を彷彿とさせる角度から写されていた。おそらく冒頭が閉館直後をイメージしており、エンディングはこれからまた開館する直前みたいなニュアンスなのかな。
作品を解説するにあたっては特別なカメラワークなどはほぼ取りようがないが、題材に入るときには、ぐるりと付近の壁面からなめるように回転させて作品を中央に収めていったり、といった工夫には気がついた。寝落ちせずに済んだ箇所についてのみだけれど…。
本劇中で扱われている作品は、上にリンクを張った公式ページに記載されているが、以下となる。
- 《聖トマスの懐疑》(彫像、ヴェロッキオ)
- 《受胎告知》
- 《聖母と果物鉢》
- 《猫のいる聖母子の素描》
- 《ブノワの聖母》
- 《荒野の聖ヒエロニムス》
- 《岩窟の聖母(パリ版)》
- 《音楽家の肖像》
- 《ミラノの貴婦人の肖像》
- 《最後の晩餐》
- 《ほつれ髪の女》
- 《洗礼者ヨハネ》
- 《聖母子と聖アンナ》
- 《モナ・リザ》
なお、展覧会には《モナ・リザ》そのものは収録されなかったらしい。というのも、企画展のフロアのキャパシティは 1 日で 2 万人程度を想定していたらしいが、ルーブル美術館の《モナ・リザ》を見にくる人たちは 日に 3 万人だとのことだった。なるほどねぇ。
解説の合い間にはところどころで館内の映像も映されるが、これといって面白いことはなかったかな。良くも悪くも普通だ。
一番不満だったのは音楽で、パッと耳にしてどの曲だと同定できるほどではないが、バロック音楽-おそらくバッハだったりが、割と多かった印象がある。これがよく分からない。同時代の画家を扱っているのであれば分かるのだが、ぜんぜん時代が全然違うよね。それであっていれば不満もないわけだが、合わせるための工夫があるのかないのか。
雰囲気で音を入れたというほどバカな話もないだろうけど、よく分からない。単純に、作品にあっているとは感じられなかったのが残念だった。エンドロールではスタンダードジャズみたいな音楽が流れていたけど、突然のジャズに困惑した。なんだか、これらの印象ばかりが残るなぁ。
ちなみに、後ほど他の方の感想を目にしたら、エンドロールで流れていたのはやはりバッハのパッサカリアのジャズ演奏だったらしい。なんならこういう演奏で全体をまとめてくれたほうがよっぽどマシだよ。
下書きから完成まで、新たな技法をどう生かすのか
1 番まともに鑑賞できたのは最後のほうの《聖母子と聖アンナ》だったのだが、これはデッサンや肖像画などと異なり、宗教画のカテゴリーに入るので、制作される対象は完全に画家のイマジネーション頼りになるわけだ。下書きと実際の作品の構図に異なりがあるのは、特にこの画家の場合は珍しくもないことだと思うが、つまるところ完成図が常に画家の脳内にしかない。
私には、なんなら下書きのほうがよい絵に見える。「下書き段階の方がよかった」なんてことはこの画家に限らず、絵描き一般によくあることだと思うが、それだけ初期段階の完成イメージのままに作品を作り上げることの難しさを物語っているのだろう。そのうえ、レオナルド・ダ・ヴィンチの場合は、新しい技法や画材などへの興味関心が尽きず、なかなか制作は進まないのであった。
というような話も過去に何度か見てきたが、今回あらためて腹落ちした。
Last modified: 2021-01-13