東京国立近代美術館で開催されていた《TRIO パリ・東京・大阪モダンアート・コレクション》に行ったよ。オリンピックを介したイメージで企画された行事と思うが、文字通り、パリ市立近代美術館、大阪中之島美術館の作品が集まっている。似たような企画が他国と競合していないのか皆目不明だけど、成立するんだから侮れない。

同時代の作品が並んでいたり、ちょっとしたテーマで区切られていたりするが、概ね1910年代くらいから現代までといった感じかな、ざっくりしすぎているけど。大枠では年代を追ってテーマは進展していくが、そこまで時代区分的でもない。どちらかというと各テーマ寄りの展示になっている。欧米系っぽい旅行者もちらほらいたけど、日本でこんなんみて楽しいのか? とはちょっと思った。日本ならではっぽい作品、あんまりないもんなぁ。

以下、いつものようなメモとなる。

1 コレクションのはじまり

全体の序章。ロベール・ドローネー《鏡台の前の裸婦(読書する女性)》(パリ)、安井曽太郎《金蓉》(東京)、佐伯祐三《郵便配達夫》(大阪)の3点で迎え入れられる。

書かれていた説明は覚えてないけど、どれも椅子に佇んでいる人物画だよということであったかな。年代には結構ばらつきがある。会場では左から、《郵便配達夫》、《鏡台の前の裸婦(読書する女性)》《金蓉》の順に配されているので、目録とはまるで一致しないね(どうでもいい)。佐伯祐三《郵便配達夫》は、教科書とかで見たことある気がするけど、そもそも今回の展示は佐伯祐三の作品が多い(と言っても3点だけど)。

2 川のある都市風景

アルベール・マルケ《雪のノートルダム大聖堂、パリ》だけど、常設展に似たような構図の作品があったような。具体的にはどれだったかなど、調べないけど。一応、常設展も部分的に連動して配慮された内容になっている。

3 都市と人々

河合新蔵《道頓堀》が1914年の作品ということなのだが、川沿いにバラックのようなのがずーっと続いている状況(と思われる)が描写されており、言われてみれば不思議ではないのだが、逆に、道頓堀の古い景色をあんまり意識したことがなかったので、記憶に残った。

4 都市のスナップショット

パリ、東京、大阪のスナップショットが展示されていた。割とワイワイと人が集まりやすいスポットになっており、やっぱり写真って凄いんだなとなりますね(よくわかってないけど)。東京の大通りの分離帯?で留まってる人らを撮ったショットが印象的。あと、大阪の埋め立て地だっけな。これは2007年などだったと思うが、なんとなく印象的。パリは、フランスパンと少年たちと犬。犬が可愛い。あーでも、東京の写真にも犬が写ってたな。

5 加速する都市

これ、観てたときはテーマがよくわからんかったが、道路とか鉄道とかがテーマってことか。ウンベルト・ボッチョーニ《街路の力》は、かっちょよかった。魅かれているひとも多かったようだ。抽象派か未来派かしらんけど、そんなイメージですね。川上涼花《鉄路》もよかった。どこの風景なんだろうね。

6 広告とモダンガール

いわゆる広告アート、このエリアにあった。杉浦非水《銀座三越 四月十日開店》は。初めて見た気がするけど、こういうの好きだ。

パブロ・ガルガーリョ《モンパルナスのキキ》という彫刻があり、これがなんなのかよくわからなかった。調べてみると、1920年代にパリ(のモンパルナス地区)で時代を象徴した女性だそうで、藤田嗣治のモデルなんかもしたらしい。なるほど、そういう意味でのモダンガールか。本作は彼女をカリカチュアライズした作品っぽくて、ブロンズで顔がなんとなく彫像されている。

中身がないのが味噌らしく、「狂奔の時代」(ちょっと違う気がする)の象徴、というように説明されていた。

7 都市の遊歩者

佐伯祐三《レストラン(オテル・デュ・マルシェ)》、質感がよいんですよね。今回、ほぼすべての作品は撮影が許可されており、この作品を撮っている方は多かった。ここのテーマに従うと、空のテーブルが並ぶ軒下のレストランの片隅に男が独り、座り佇んでいる状況が絵になっている。ほかの2作品も味があって好きだったね。

8 近代都市のアレゴリー

古賀春江《海》、前田藤四郎《屋上運動》とか、超現実主義絵画ってのかね。丸尾末広の画風とか、このあたりを強く意識していそうだけど、あんまりよくわからない。ラウル・デュフィ《電気の精》の縮小版が飾ってあって参考になるけど、実物の写真でもそのインパクトが強烈であって楽しい。

9 都市のグラフィティ

フランソワ・デュフレーヌ《4点1組》。もはや現代アートというか、当時のポスターなんかを壁から剥がしてカンバスに貼りつけてという工程を経た作品らしい。これがいいんだよなぁ。隣の佐伯祐三《ガス灯と広告》の風景が、まさに元ネタを顕したらしき状態の壁面を切り取っており、連関が感じられてよい。

ジャン=ミシェル・バスキア《無題》が飾ってあって、これがどう都市のグラフィティなのかはようわからんけど、これも嬉しそうに写真を撮ってる人が多かったな。”Aborigine” という文字列と化学式と体温計みたいなのと、そういうイメージは覚えてる。

10 空想の庭

このテーマもよくわからんというか、展示ルートの都合上、なんか印象薄めになりがちというか。しかし、辻永《椿と仔山羊》は素敵だね。普段は常設にあるんだっけ? アンドレ・ボーシャン《果物棚》も美味しそうでよかった。概ね謎だけど。

11 夢と幻影

マルク・シャガール《夢》。ここのところシャガールを目にする機会が多くて嬉しい。昔は名前くらいしか知らなかったんだけど、なんだろうね、この良さは。この絵、上下どちらが正しいんだろうか。サルバドール・ダリ《幽霊と幻影》。ジョージ・オーウェルも悔しながら?に認めていたが、やっぱり上手いが過ぎる。

12 戦争の影

吉原治良《菊(ロ)》は機会があれば正面からずっと眺めていたかったが、そうもいかずに消化不良気味だった。北脇昇《空港》はおもしろいね。こういうのも好き。ジャン・フォートリエ《森》は完全に抽象的だったんだけど、好きだ。

13 現実と非現実のあわい

有元利夫《室内楽》は、室内で遊ぶという意味の「楽」なのかな。常設で見たことある記憶もないけど、いいですね。ルネ・マグリット《レディ・メイドの花束》。悔しいけど魅力的なんだよな。ってか、ボッティチェリがヤバいんだよなとわかる。笑えてくる。やっぱルネッサンスは最高だわ。

アンリ・ルソー《蛇使いの女》をベースにしたヴィクトル・ブローネル 《ペレル通り2番地2の出会い》という作品があり、アンリの居住してたとこに引っ越してきたキッカケで描いたらしいが、これどういう評価をされているんだろうか。パリからの出展だそう。

14 まどろむ頭部

この記事は、記憶を頼りに目録を眺めながら書いているんだけど、このテーマの作品は3点とも全然覚えてなくてビックリした。検索して確認できた画面をみて笑ったけど、ジョルジョ・デ・キリコ《慰めのアンティゴネ》は好きでしたね。これも抽象なのか未来派なのかキュビズムなのかようわからんけど。

イケムラレイコ《樹の愛》はちょっとわからんかった。コンスタンティン・ブランクーシ《眠れるミューズ》は、あったなぁくらいの印象である。どれもたしかに「まどろむ頭部」ではあるか。

15 モデルたちのパワー

アンリ・マティス《椅子にもたれるオダリスク》。アンリ・マティスってこういう作品もあるんだなぁ、というのが第一印象で、初期の頃の作品だったりするんかな。萬鉄五郎《裸体美人》は重要文化財らしい。よく考えれば、100年以上前の絵だ。アメデオ・モディリアーニ《髪をほどいた横たわる裸婦》は、大阪からの出展らしい。素敵なバストであった。この3作品、ほとんど同年代と言ってよいっぽくて、そこもおもしろい。

16 自画像

恩地孝四郎《自画像》に特に印象はないが、彼の他の作品を見てみたいなぁ、ヒドイ言いようだけど。丸木俊(赤松俊子)《自画像》は、原爆の図で有名な画家夫婦の女性の方だが、元姓が「赤松」で本名は「俊」なのであり、一時期は「子」を付けて活動していたらしい。赤松俊子とは、そういうことなのだ。これははじめて知ったが、すごいな、なんか。

17 こどもの肖像

藤田嗣治(レオナール・フジタ)《少女》、岸田劉生《麗子肖像(麗子五歳之像)》、原勝四郎《少女像》とあり、最後の作品だけ少し時代が下るようだ。解説にもあったが、同じテーマでも描き方にまったく差があるのが妙であるな。

18 女性たちのまなざし

藤島武二《匂い》は、これも1番の《金蓉》と同じくチャイニーズの女性が題材なんだっけか。これってオリエンタリズムの流れなんすかね。どちらも日本の画家だけど。言われてみれば、色たつ感じがしますな。シュザンヌ・ヴァラドン《自画像》はいいね。美しくないのがいい。

19 美の女神たち

ジャン・メッツァンジェ《青い鳥》。3人の女性が描かれているらしいが、分解・再構成されているので、こんな感じかなという感じで眺めるに尽きる。楽しい。藤田嗣治(レオナール・フジタ)《五人の裸婦》とマリー・ローランサン《プリンセス達》は比べるのが面白いんだと思うけど、後者の作品の女性たちは、瞳がクリクリで印象的だ。

20 人物とコンポジション

北野恒富《淀君》は、桜の掛け軸を背景に淀君(?)が座しているんだけど、その彼女のところには本物の桜の花びらが散っている、という仕掛けらしい。これが単品で展示されていたらじっくり見ていたい感じではあるけど、だからと言ってよい作品なのか? という気もする。

小倉遊亀《浴女 その二》は、MOMATの所蔵品らしいので、見たことあるのかもしれないが、だとしてもおそらく常設の場合よりも近くから眺められると思われ、それが旨味なのではないか。あんまり近くから凝視してると変態的だが、とてもよかった。これが日本画よという感じ、ようしらんけど。

21 分解された体

萬鉄五郎《もたれて立つ人》は、大胆でかなりエロい絵な気がするけど、それだけになのか、眺めている人は少なかった気もする。というか、萬鉄五郎の展示は2点あるのか。レイモン・デュシャン=ヴィヨン《大きな馬》は、マルセル・デュシャンの兄の作品だってさ。ブロンズでこれを鋳造するパッションにまず憧れる。

22 機械と人間

エル・リシツキー《石版画集『太陽の征服』》は何作か並んでいた。知らんかったけど。マレーヴィチが舞台美術を担当した未来派のオペラ「太陽の征服」がベースらしい。じっくり眺めたいけどこれも全体の一部としてあると、どうしても流し見になってしまうなぁ。人も滞留しがちだったし、このへん。

23 プリミティヴな線

パウル・クレーがあるので「プリミティヴな線」というテーマに「はい…」と、なるのだが、菅井汲《風の神》がとても気になった。そもそも菅井汲を知らなんだが、やはりシンプルな図形をよく描いたらしい。パリでも評価されたとか。しかし、本作はちょっと画家の主流から外れそうで(画像検索結果を見る限りでは)。

で、これ、12のジャン・フォートリエ《森》となんとなく似ている気がして、描き方もそうなんだろうけど、根底的にさ、どうも攻撃的というか、それを暗にしているというか。それが気になったが、いろいろとわからんが募っていくのが楽しい。つまり、本展ではこの2作が好きだね。

24 デフォルメされた体

柳原義達《犬の唄》は、タイトルとオブジェクトの関係が謎だったが、三重県立美術館のページに詳しい説明があった。へぇ。というか、同じタイトルで幾つも制作しているタイプらしいことも知る。へぇ。

25 有機的なフォルム

なんかあんまり印象にない。逆説的に、有機的でないフォルムってどんなんだろうか。なるほど、ジャン・アルプ(ハンス・アルプ)から《5つの白い形と2つの黒い形の配置》と《植物のトルソ》が展示されているのであって、この2つをひとつと考えてもいいのかもしれないな。向き合いが足りてないねぇ。

26 色彩とリズム

あぁ、色彩とリズムだねという感じ。田中敦子《作品66-SA》は例外的に撮影禁止になっていた気がするけど、Xのポストに写真が上がってるのを発見した。別の作品との思い違いかもしれない。

27 差異と反復

テーマのタイトルが嫌い。これらも単独であればじっくり見たいけど系ではあった。中西夏之《紫・むらさき XIV》なんて正面から向き合ったら絶対おもしろいやつやんね。

28 色彩の生命

展示のセルジュ・ポリアコフか、マーク・ロスコか忘れたけど「私の作品は抽象ではない」みたいなことをおっしゃっていたらしいのは面白かった(別の方と記憶違いでなければ)。辰野登恵子《UNTITLED 95-9》、好きだなぁ。うちのエントランスに飾りたいよ、そんなものがあればだけど。

29 軽やかな彫刻

流石に展示物に対してスペースが足りていない印象。ファウスト・メロッティ《対位法 no.3》ってのは、対位法というくらいには何か法則性を考えて作ってんのかなと思うけど、まぁ見るだけではわからん。

30 ガラクタとアート

なんというか、ここのテーマの3作品、完全にスルーしたというか、どれもほぼ記憶にない。あんまりこういうこともない(ようにしているつもり)が、画像を検索して眺めてみてもピンとこなかった。自分に対して、誠に残念である。

31 日常生活とアート

ジャン=リュック・ムレーヌ《For birds》は、鳥籠っぽい。というか、それがベースなんだろうけど、はい。冨井大裕《roll(27 paper foldings)#15》は、小学校の教室に転がってても可笑しくない感じ。好きだけどね。倉俣史朗《Miss Blanche(ミス・ブランチ)》はおしゃれだった。

32 ポップとキッチュ

ヘンリー・ダーガー《b)洞窟の中の光に照らされたところに誘い込まれる》。今はなき(だっけ?)原美術館でヘンリー・ダーガーの単独の展示を見てから数度だけ目にしてきた気がするけど、比してやっぱり、何故これがここに配置されているのかはわからないもんだな、という体験。

33 自己と他者

映像作品。ジュリアン・ディスクリ《Marathon Life》男が走ってた。出光真子《主婦の一日》は常設で目にしたことある気はする。皮相的なんだよな。百瀬文《Social Dance》もじっくり見たいんだけど、やっぱりそういう環境とは思えず(時間の都合もあったんだけど)、以下の記事でとりあえず満足しておく。きっとまたどこかで邂逅できる。

34 カタストロフと美

あぁ、カタストロフィがテーマだったんかと。グザヴィエ・ヴェイヤンという方の作品が展示されていたらしいが、ぜんぜん記憶にない。畠山直哉《「津波の木」 より 2019年8月2日福島県南相馬市》は、なるほど、いわゆる生き残った樹、その写真であった。佐藤雅晴《エレジーシリーズ(桜)》は現代作品でも珍し気な気がするが、アニメーション作品で、美しかったっても、なんでこれがカタストロフなんだっけ。


企画展示室の性質というのもそうなんだろうけど、29あたりから展示されていたオブジェクトについては、もう少しスペースのある空間で鑑賞したかったなというのは本音だが、まぁ贅沢な悩みではある。

17時の終了前に建物をあとにしたが、もちろん暑いには暑いが、晩夏のような気候だった。

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