《映画ドラえもん のび太と空の理想郷》を観た。

メモです。ほやほやの映画ですが、ネタバレは含みます。

劇場のドラえもん鑑賞勢に復帰してから 5 作目かな? 「宝島」や「新恐竜」よりは総合的にまとまっているように見えたが、作品として嘘のつき方の巧拙やスケール感などからは「月面探査記」ほどではないなという印象に留まった。但し、スケール感については、巧みさを感じた面もある。

野暮な感想としては、まずそんな感じだ。

OP の映像をみていると「お? 宮崎駿に挑戦か?」みたいな気もしたけど、まぁ勘違いだった。のび太たちの操る飛空艇っぽい乗機と飛行船型のタイムマシンの他は、それらしい航空機は出てこず、雰囲気詐欺ではないけれど、当初のイメージからは肩透かしを食らった。本筋に絡まなくても、少しでも掘り下げてくれれば、印象も変わった気もするが。

監督の堂山卓見、見知ってる作品へのクレジットが多い。ドラえもんには 2017-2020 の期間に参加していたらしい。長編映画は初監督ということだった。

キャラクターデザイン、小林麻衣子は、Wikipedia の記述に従えば、シンエイ動画の動画から原画までいろいろやって今回はキャラクターデザインとしてはじめてクレジットされている。

ついては、素人目にみた感覚で甚だ的外れだと申し訳ないのだが、今作、ところどころ最新のドラ作品、というか本作の本道のデザイン? から外れたような描画の個所があった? ように見えた。

特に目に留まったのが、のび太のママで、特にパパと夕飯を食べているシーンの 2 人、およびパラダピアの真相が明かされるのび太とドラえもんの起立しているような箇所など、タッチというか頭身の感覚というか、「いやこれ旧ドラっぽくない? 下手したら原作後期テイスト強め?」という。狙ってるなら恐れ入るが、なんだったんだろう。気のせいではないとは思うのだが。

脚本の古沢良太、今作によって名前を覚えるに至るだろうけど、ヒットドラマめちゃくちゃある人なんですね。2015年の《GAMBA ガンバと仲間たち》でも脚本されたらしいけど、今回はどうやって口説いたんやろか。というか、こういうアレでいいんか、ドラえもん映画は? もっと攻める人選も難しいのだろうか?

というわけで、ポジティブな感想というよりは目に留まった気になった点が中心になってしまうが、いくつかトピック別にダラダラと。

ユートピアとその描写とか

トマス・モアの『ユートピア』がキーになって話は進むが、出木杉君はこれを「小説」と言っていなかったか? これは割と疑問で、そういう理解は一般的ではなさそうな。「作り話だよ」とでもしてくれればよかったのに。そのほうが出木杉っぽい。

また、「パラダピア」とは、「パラダイス」と「ユートピア」の合成語だと直ぐにわかるけど、「パラダイス」単体ではひと言も作中では出てこないと思われ、この単語を知らない子供がいれば「なんかよくわからん」となりかねないのでは。子供に丁寧なのか、そうでもないのか、アンバランスではないか。

架空の政体なりコミュニティなり国家なりを設定するにあたって、クライマックスにおけるその存続への配慮って難しいよね。これは大長編時代からの論点にもなりうるだろうが、鑑賞者ですら全体を見渡せると実感してしまうサイズ感の場合、その人たちのことが気になっちゃう。今作はそこはそれなりに対処していたが、これはこれで不要な要素ではあるんだよな。こっちの我儘みたいになっちゃうけど。

のび太の変な葛藤は続く

「新恐竜」などでもあったが、のび太の情緒というか考えがよくわからん。

今回は「パーフェクト小学生」になるという希望と、パラダピアの矛盾、うすうす気づいているのび太だけれど、直面すると意思表示が反転する。隠された事実に気づきたくない、そういう葛藤、この時点でのび太が抱くのか?

違和感や疑念を確信したくないって、対象を妄信しているケースということだけど、のび太はそこには至ってなくない? というか、そもそも……。こういうリアクションの変化、子供向け作品として、必ず用意するように頼まれでもしてるのかね。

また、原作からすれば、のび太も根本的に抜け目なく、(ズル)賢い面もあるが、最近の作品ではおそらく、より少なく、より子供らしくなっている。結果としてといっていいのか、それが展開や感情のジャンプアップ台として体よく、そしてややバランスを欠きながら使われている感が強い。

また、やや逸れるが本作、「ユートピア」思想そのものが、生活者などの思想を統制したり、コントロールしたりして社会を構築する悪しき思想みたいなイメージを植えつけかねない出来になっている気もする。どうですかね。

その人らしさ、お手伝いロボットらしさ

道なりの展開には疑問は無くて、みんながおんなじ感じになってしまうくらいなら、そのままであってよいって、当たり前だ。クライマックスの展開についていえば、ドラえもん以外のすべてのメインキャラクターが自我を失うという状況は割と目新しい気がしてワクワクした。何かの作品であったかな?

また、のび太が特殊個体というのは百歩譲って「なるほどな」となるにしても、その彼の説得で皆が復活するのも不思議ではある。が、これも半世紀くらいの友情パワーがあるからな。認めよう。おもしろかった。

ネコ型ロボットを絡めたあたりの展開や結末にも文句は無くて、このテーマも擦りつづけて已に焼け焦げた感はあるけれど、ドラマチックな演出にブレは感じず、これも好きでした。あわやドラえもんが、という危機の回収、うまくて面白くはあるけれど、おーん、そこまでインパクトは無かったな。

故郷を守る

今風だなと思った。パラダピアのスケール感の小ささに比して、この計画がのび太たちの故郷をターゲットしたというのは一般的にはベタだろうが、ドラえもんの新作としては上手くて、そういえばな、という。むしろ敵の目論見を1回成功させてしまうような展開もおもしろそうだけど。

街を守るという描写は端的でしかなかったが、それなりに鬼気が迫った面もあって、身近さが強まったかなというのは面白い。特に、川べりの草野球の背後に断片が落下してくるシーンは、戦争や地震のニュースがより頻繁な昨今にしてかなりインパクトがある。

あるいは、いろんな映画が思い浮かぶので、そういう関連でひとつ文章化するなら、この映画はこの舞台の選定が大きなキモなんじゃないかな。なお、故郷が直接被害に遭うという面では、やや見せ方は異なるが、ドラえもんだと「雲の王国」なんかは近いだろうか。「パラレル西遊記」でもいいけど。

気になったシーンとか

アクションシーンはどうか

力が入ってるシーンだと感じたのは、マリンバが暴れるところの前半で、よく動いていた。逆に、言うてそれくらいだったのかなともなる。本作にアクションは求めてないけど、この映画、振り返ってみるとアクションに限らず、動きの激しいシーンってあんまりない気もする。

ソーニャから逃げるシーンもそこそこ単調だし、故郷が舞台となるクライマックスのシーンも舞台設定こそ緊張感に貢献しているけれど、画面を取り出すと、特にハラハラさせられたというわけでもなく。

ポリ袋がポップコーンみたいになっていたのは笑えたけれど……。

パラダピアのバリア変形機構がすごい

パラダピア内部の構造体は割とありがちな古き良き SF のアーキテクチャ感が強かったが、強力なバリアを起動、構築してなんか変な風になるときの動きがすごかった。めっちゃ力が入っていた。スタッフのどういう意図やイメージがあの描写を作り出しのか、気になりますね。なんなら本作で 1 番おもしろい箇所だったかもしれない。

変わらなくていいワケはないけど

よくわかんないんだけど、のび太は今のままでいいのか?

少なくともそうではない、とは思うけれど、じゃぁパラダピアの目指すところと、のび太の目指したところの齟齬や埋め合わせってどこなんだろうと。それは誰にも当たり前なのか? のび太が何のためにユートピアを目指したのか、パーフェクト小学生になるには何が必要だったのか?

やっぱり、これがよくわからん。次作も楽しみです。

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