ぎりぎりな脚本ではないか|《グレイマン/The Gray Man》

《グレイマン》を Netflix で鑑賞したことを思い出したので、残っている記憶のぶんだけメモを残しておく。本作の目指す方向性がよくわからんというのが大きな意見としてあって、続編の構想も浮かんだという話だが、これをどう続けるのというか。

大まかなアラスジだが、CIA に雇われた元囚人、裏ミッション用のプロフェッショナルとして暗躍するエージェントが、CIA 内の抗争に巻き込まれるかたちで、彼らとの対立を前面化していく。というか、1 対多だけど。

最終的には、欧州のどっかの王城のような屋敷を借り切った(あるいは所有物か知らんけど)CIA の基地で正面切って戦うというバカバカしさがあって、それはそれとして楽しいけれど、え? これで続編やるの? というか、どうとでも設定できそうだけれども、敵役も煎じ詰めれば小物ばかりというか。

アクション映画としては、このうえなく楽しい類だった。いくら主人公補正があるいといっても、広場の真ん中のベンチに拘束されて、あれだけ部隊が送り込まれ銃弾の雨あられを浴びたのに、ほぼ一発も当たらないというギャグ感もそこそこに、このシーンの前後から路面電車が脱線、崩壊するまでのアクションは最高とすら言えるのではないでしょうか。

いや、あのアクションシーンだけでも見る価値はあった。話はてんでわからなかったが。ライアン・ゴズリングは《ラ・ラ・ランド》から 4 作目くらいだけれど、いろいろ試している感じなんだろうか。