かっこいいタイトルは正義だ|《騙し絵の牙》

この 4 月に《騙し絵の牙》を観た。大泉洋の主演だが、結果としては松岡茉優にも主演級の役割が与えられていた。原作は未読で、普段はこのようなケースで読もうと思うこともないのだが、今回は原作を読みたいなと思った。けれど、結局は読まずじまいにこの記事を書いている。

なぜ読もうと思ったかというと、原作から相当に手入れがなされた脚本であるのは見た目に明らかで、かといって空中分解することのない絶妙なバランスであったから、一体原作はどんなものなのか気になったのだ。

特に、時代設定についてチグハグに感じる部分が、あえてであるにしても目立っていて、それらをひっくるめて、どのように成立させられたのかな? それというのは、たとえば安っぽい TV ショーだったり、オフィス内の執務室、会議室で当たり前のように葉巻が消費されるシーンなどだ。なんだったんだろうね、あれは。

映画の脚本だが、監督の吉田大八が手掛けている。監督の作品は《桐島、部活止めるってよ》(2012)が有名だが、私は未鑑賞だ。2018 年の《羊の木》は鑑賞している。こちらは好みの作品だった。原作アリ作品をうまくまとめる名手、みたいなことでいいのかな。

舞台となる薫風社と小説薫風は、文藝春秋なりの雑誌を連想させられるが、実際に撮影には文藝春秋社が協力したとか? また一方で、新社長にならんとした東松龍司の計画の雰囲気は KADOKAWA の「ところざわサクラタウン」構想などを連想させられる。いろいろと現実の要素をハイブリッドさせている結果と思うが、贅沢だな。

伊庭惟高の持ち土産の Amazon との独自契約というのも、まったく同じなわけはないが、各出版社はそれなりのかたちでやっていることだろうし、あまり驚きもなかった。が、まぁこれは高野恵の独立出版社&書店との対比でもあるんだろうな。どちらかといえば、後者が引き立てられるワケだが。

このへんは、有名どころだとコルクの佐渡島庸平などだろうと思うけれど-細部はいろいろあるけど-、まぁ個人出版社なり新しい書店なりの模索が実はたくさんあって、実情としては模索せざるを得なくなっているのが現行の出版業界ということで、その戯画化はうまく達成されていたのではないでしょうか。しらんけど。

速水輝が打つ手打つ手もかなり突飛に見えるが、当てる企画者、編集者ってあれくらいのことはガンガンやるイメージがあるので、これも割とリアリティというか、真実味の含みは大きいのではないかな。とにかく大泉洋が格好よくて子気味いい。

城島咲の転落もバネにしようというのは、キャストの妙も相まって面白かった。

二階堂大作の活躍をもうひと捻り見てみたかったのと、東松龍司の出生の秘密になにかしら設定があるのか、冒頭の伊庭前社長はリードから手を離せばよかったのでは? などが心残りといえば、そう。

屋上で悔しそうに紙コップを叩きつけるシーンがもっとも印象に残っている。