少年として完走した闘いの話をするか|『鬼滅の刃』

『鬼滅の刃』の人気が限界を突破している。限界を突破ってなんじゃい。別に私が何を言っても二番煎じにしかならないと思うが、なんとなく感想を残しておきたい。作者の吾峠呼世晴だが、情報として正式に公開されているわけではないが、女性の作家であるらしい。少年マンガにおいて女性の作家が活躍することも珍しくないが、これだけ突出した例となるのは、あまりないのではないか。

ところで、ちょうど同じ時期に板垣巴留が『BEASTARS』を完結させた。『鬼滅の刃』が全 23 巻、『BEASTARS』が全 22 巻ということらしい。どちらの作品も発表(雑誌掲載)期間が 2016 年から 2020 年となっている。また、いずれの作家も雑誌連載の初作品である。ちなみに、板垣巴留のほうが 4 歳ほど若いようではある。とはいえ、なんともよい比較対象のように思える。対談してくれないかな。

ちょっと話が逸れた。

私は本作が世代を渡って支持されている理由に、キャラクターの等身が割と影響しているのではないかという持論を持っている。等身の正確な捉え方にはあまり自信はないのだが、炭治郎をはじめとした主人公組は、割と小さい。なんなら柱と呼ばれるメンツも小さい。実に子供っぽいデザインであると言えないか? そうでもないか?

アクション、バトルを中心とした展開で、キャラクターのデザインをこのようにしている作品って、最近の少年ジャンプだとあまり思いつかないが(そもそもあまり熱心な読者ではないのだが)、少年マガジンだと真島ヒロなどが思いあたる。同雑誌では『七つの大罪』の主人公のデザインも、かなり子供らしさを意識しているように思えるが、これは『ドラゴンボール』へのオマージュが強いのかなとも。

『鬼滅の刃』とキャラクターの話に戻すと、同じように「ピッコロ大魔王編」まででキッチリ完結させたドラゴンボールであるようにも捉えられるのではないか。あるいは『ダイの大冒険』なども遠くはない気がするが、周囲のキャラクターを合わせていくと、やはり全体的には等身が大きいほうに寄っていくのではないかな。

細かい定義は置いておくとして、少年マンガの主人公が少年であるまま継続し、終わる作品というのは実はかなり希少なのではないかという気がしてくる。もちろん成長することは必要であるし、当然なのだが、それは年を経ることによる身体的な成長を伴っていることが多い。まぁこれに関しては、そうともいえない作品もかなりあるだろうので、あくまでキャラクターのデザインとの両輪で見ていきたいという話なのだが…。

ということを主に書き残したかった、等身については、調べてみれば似たような話は転がっていた。最初に違和感を感じたらしいのが、外国の視聴者らしい? のはちょっと面白い。

https://twitter.com/akaashit/status/1168509152190025728