《空の青さを知る人よ》を観た。どうせ憂鬱さ半ばのエンディングを体験するのだろうと倦厭していたが、結果としてはその気はそこまでもなく、というか見てよかった。たいへん良かった。今年は鑑賞したアニメ映画に外れが少ない。ファンタジー様の設定やアニメらしい描写などもあったが、どちらかというとやはりストーリーに重きのある作品ではあるかな。

高校生の相生あおい(若山詩音)の視点を中心に語られているが、キャスト&キャラクターは「しんの」こと金室慎之介(吉沢亮)がメインとして扱われている。また、キャストは次に姉の相沢あかね(吉岡里穂)となっている。このことを鑑みると、結果論的ではあるが、なるほどそういう話なのだと分かる。まぁキャストの知名度的な配慮もあったりするのだろうか。

本作も、青年期を迎えようとするオジサンを応援するようなところがある。《天気の子》の須賀にも似たところはあったので連想されたが、彼は帆高との対比という位置づけで、いずれにせよ少年時代との折り合いという点で相似だ。この点で何が気になるかというと本作のターゲットであって、女性的な視点(慎之介のパートナーという意味で)の相沢あかねがどうしても対立してくるわけだが、彼女の強さは青年期を迎えるオジサン、またはオバサンにとって劇中でどれだけ説得的だったかどうか、個人的にはあまり自信がない。

相生あかねは、高卒から就職して小学生だった妹を育ててきたわけで、その逞しさったら何のその、劇中でも弱みを見せることはほぼなく、過去に苦労したエピソードも断片的で、そこらへんがおもしろい。個人的に最も印象的だったのは、彼女のドライビングシーンだ。妹を車で送り迎えしたり、もちろん職場にも車で通勤したりしているのだが、おそらく高校卒業前に急いで自動車教習所に通ったのだろう。舞台の秩父に「秩父自動車学校」があることは調べればわかるが、相沢家がどこに立地しているかは不明で、だがおそらく教習所に通うだけでも大変で、面倒だ。泣きそうになる。

という感じで、彼女の運転は淀みないのだが、終盤に向けて一箇所だけドキッとするシーンがある。うまい演出だなぁ。

相生あおいを中心にした話に移りたいが、そこまで語ることもないか。慎之介に起きたマジックに翻弄されるあおい、彼女の若者らしい態度には岡田麿里らしさを感じた。高校生らしい無鉄砲さというのはあって、悪くいうと幼稚さが強調される。小学生の中村正嗣(大地葉)のほうがよっぽど大人びているという仕組みで、なかなか酷な立ち位置ではある。

彼女の感情表現、それを表現するための手法には少しばかり違和感があって、一方でその違和感が意図的に採用されている部分もあるだろうから始末が悪く、太眉がかわいいくらいの感想にしか落ち着かない。彼女に対して、大人となった慎之介らの葛藤には、それほど岡田麿里らしさを感じず、かなり地に足が着いた、抑制のきいた表現にとどまっていたのではないか。それ自体が年を取ることにも繋がっている。それが鑑賞後のやるせなさの薄さにも繋がっている。諦念でもある。

いや、エンディングに映されるスナップショット、いまどき現像するか? という疑問を挟みつつ、物語後の状況がいくつか提示される。賛否両論あるみたいだが、あったほうがいいでしょう、わかりやすくていい。自宅の駐車場で車の前に立つあかね、そこに人影、のカットが1番印象的で、まぁ、まぁいい。

本作を高校生くらいの子らが観たとき、おっさんおばさんの葛藤は理屈では分かるだろうが体感されるものではないだろう。そういう意味では、本作を観た若者が、幾年か経ってからもう一度摂取したら、だいぶん印象が変わったりもするのだろう。

作品内で、年齢の差に起因するギャップを生かす手法だが、思えば岡田麿里は《あの花~》でも《さよならの~》でも《凪のあすから》でも似たようなギャップを用いているんだなぁ。

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