映画:《君と、波に乗れたら》

春の終わりから夏頃にかけて、アニメ映画をよく見た。感想をあまり残せていないが、適当にあげていきたい。というわけで《きみと、波に乗れたら》のメモを残しておこう。

監督は湯浅政明で、TVアニメの『四畳半神話大系』(2010)と《夜明け告げるルーのうた》(2017)は観た。脚本は吉田玲子で、《夜明け告げるルーのうた》で同監督と仕事をしている。彼女の脚本は直近だと《リズと青い鳥》(2018)、《若おかみは小学生!》(2018)で観ている。

さて、予告を見ただけで恋人が亡くなる話だと分かる。が、私は予告を見たときは、サーファーの彼女(向水ひな子)が亡くなるのかと思っていたが、逆だった。消防士である彼氏(雛罌粟港:ひなしげみなと)が亡くなる。

彼の死のショックから立ち直れないひな子だが、ふとしたキッカケでミナトの残留思念的な何かと遭遇できた彼女は、それなりに元気を取り戻す。さて、そんな仮初の幸せがいつまでも続くはずはなく、必然的に彼らには別れが待っているのだが、どのような結末へと繋がるのか。

本作の主役は誰なのだろうか

ミナトとひな子のほかに登場人物として重要なのは、ミナトの妹の雛罌粟洋子と消防士の後輩の川村山葵(ワサビ)だ。ひな子を中心に話が進んでいくのは当然なのだが、洋子とワサビの存在と役割もなかなか大きくて無視できない。

というよりもだね、言ってしまうと、ひな子はミナトが亡くなったことでマイナスになり、結末でやっとそれがゼロ、新たな人生のスタート地点まで恢復したというくらいで、実はなんともやるせないストーリーである。

一方で、洋子とワサビはそれぞれが作中でプラスプラスの成長をみせており、なんなら彼らの成長物語とも読める。有体に言って共感しやすい。

冒頭からみていると、ワサビに充てられる描写が最後まで案外少なくない。彼の無力さ、未熟さが描かれ、結末にかけて、それが少しずつ克服されていく。洋子についても同様で、本作の中盤から後半にかけてとてもよい人間らしさが演じられている。オタクの視聴者は洋子に惹かれるみたいなことが、当時 Twitter で言われていた。まぁ、そういう感じだ。

本作でのヒーローとその役割

実はミナトにとっては幼い頃から、ひな子がヒーローとして在り、そのことがミナト自身の人生に活力を与えていた。一方で、ひな子もミナトにエネルギーをもらっていたという構造があり(そりゃ恋人同士だからね)、話の構造を上手にややこしくさせている。

落ち込んだひな子が取り戻す彼女らしさ、ヒーロー性はあくまでも映像作品らしく、ミナトの死後も続く現実に起きるアレやコレやの顛末で復活しつつあることが描写されるが、それでも儚い。どうしてこんな仕打ちを!

お互いがお互いにとってヒーローだというペアが居て、その片方が失われたときの喪失を、どうやって工面していくのか、描いていくのか。残されたほうはどのように復活していくのか。そういうことを考える必要があるのか。

よく分からないままだが、そこが本作の味だろうか? ただ本来、一般論として「相互に支える関係」の構築が人間同士という存在、社会にとって、本作で描かれる喪失というのは、ある意味では誰にでも必然で共通の問題でもあるハズ、と言ってしまっていいのか。

湯浅監督の描く水は何なのか

《夜明け告げるルーのうた》(2017)でも水は重要な要素だったが、本作でもそれは変わりない。本作の水は、もっと親しみやすく、ひとびとの生活を助け、彩りを与えるためにあるものだ。ネガティブな要素が浮き上がるのはミナトにまつわる部分だけで、それも設定上、うやむやにならざるをえない。

いずれにせよ、本来は考えられないような動きをする水は、ファンタジックだ。ひな子が好きだった水、ミナトが克服した水、彼らを救った水、ひな子が泣いた水など、まぁたくさんの水が作中で描かれる。

本作での私の最も好みだった水は、河口の水と、海岸で洋子が淹れたコーヒーかな。事件の浜辺の描写も、湯浅監督らしさがめちゃくちゃ出ていておもしろかったんだけどね。

ついでに、奇しくもというか、同時期に《海獣の子供》が上映されていたのもおもしろい。あの作品の海は、未知が過ぎる。あと、《The Shape of Water》(2017)みたいな描写があるところは笑った、どれだけ意図的かはわからないけど。